oldboy-elegy のブログ

ずいぶん長きにわたりグータラな人生を送ってきたもんです。これからもきっとこうでしょう、ハイ。

(雑感・雑記帳 No.19)  5月3日は憲法記念日!!、おまけにoldboy-elegyくんの誕生日なのだ。あったこと、思ったことを綴ってみた。


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oldboy-elegy君に今年も誕生日
がやってきた。
5月3日である。
日本全国等しく祭日である。

だからと言って彼に何か特別な
行事があるわけでもない。





しかし今年のこの日を意識して振り返ってみれば、さまざまな
思いが生まれ、それらが、不思議に意味を持ち、つながって1日を
終えたように思う。

敢えて言うなら、このことが「誕生日」のプレゼントだったのかも
しれない。

それではそれらを、時系列に従い、綴ってみる。
何時も通り、緊張感もなく、脱力系記事で申し訳ない 。
            

             ★


● AM9時ごろ、妹からTELあり。

他県にいる妹が電話口の向こうで「お・め・でっとうさん」と本気

とも、冗談ともつかぬモゴモゴ口調でおしゃっている。

当の妹、おれより6~7才の歳の差がある上に、年金年齢になってまだ
そんなに経っていない。
こちらはなにげに大台にに乗った身である。

妹くん、時節がら、「人込みに入らない事」「外出からの帰宅時には
手の消毒とうがいを・・・」などの注意を、こと細かくいただく、
嬉しいことである。

われわれ兄妹2人には、oldboy家としての近しい縁者はいない。
実際はいるんだろうが、これまで行き来のない人生であったので、
こんな状態である。

ただ母が入籍の件で猛烈に父に迫ったことがあった。
oldboy君の大学卒業時の就職を意識してのことである。
しかし「なんとかなるよ」と言うのが彼のスタンスである。

そのことで、気にしたこともないし、どうのこうのと考えた事もない。

さきに書いたように5月3日はoldboy君の誕生日である。
いもうとから、電話があったほか、この時点で特段のことはなかった。

●このあと、腰痛の処方薬が切れかかっているのを思い出す。

クリニックまで、バスで15分ぐらいの距離である。
天気も悪くない。

彼、この度のコロナ禍に遭遇するまで、マスク装着の経験はない。
いまだ慣れず、息苦しく感じる。

身じたくをして、oldboyくん、いそいそとご出宅。
バス停でも、青空を仰いで、マスク越しに深呼吸。

読者諸氏、ここで気が付かれました?、今日は全国47都道府県
おしなべて5月3日憲法記念日にして祭日、クリニックも当然休診の
はずであることを。

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※oldboy君の今日のいで立ち、ショルダーバッグの色・形 、薄地の
セーター、上掲のイラスト通りである。
しいて言うなら、パンツの色がサンド・ベージュであることぐらい。


この段階になっても、当のご本人、気が付かないご様子。
そのまま、浮かれ気分のノーテンキ状態で、お客、数人のガラガラ・
バスにご乗車、そのまんま目的の停留所で降車。

トコトコ、トコトコ(腰痛の状態を表現しているつもり)信号を渡り
クリニックの駐車場をまさに通り過ぎようした時。

oldboyくん、「うん、???」と、ようやく目線の先の、普段とは
違った光景・様子にキョトン??。

「むむ、なんだこの駐車場?」車両が1台もない。
いつもなら、10台以上の車で満車の状態なのだが。

「今日は休みだ~」とここで気が付く、アホさかげん。
この期に及んで、やっと、ことの次第が飲み込め、自分の頭に
ゲンコ一発くらわす始末。

「あーやだやだ」このぼんくら頭。
だれも交換してくれないので、このまま付き合っていくしかない。

このごろ、二つ三つの用事を同時進行するときなど、どこかで
不都合が生ずることがまま起こる。

食品など、グロスリー・マート(食品スーパー)で買い物する時
など、メモ用紙が必須アイテムとなっている。

とうぜん、妹のい言うとおり、用事もないのに、このまま駅に世間の様子を
見学に出かけるのも気がひける、
結果、もと来た道の反対車線のバスに乗りトボトボとご帰還、いったいぜんたい
俺はなにをしてるのか?

今日、5月3日・祭日のoldboyくんの誕生日もケチがつき、もはや
これまでかの気持ちである。

そのあと憮然とした気持ちでコーヒーを1杯をすすり、気持ちを
切り替える。

ブログのはてなスターやブックマークの整理を終え、gyao(ギャオ)の洋画
案内をのぞきのぞき、スクロールをしていたら妙なタイトルの映画に目が
止まった。


●邦題「ロープ・戦場の生命線」、聞いた事もない、当然みたこともない。

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ただ、ときおり、原題が記憶に残り、邦題を忘れることがたまにある。
原題は「A PERFECT DAY]となっていた。
これでも知らない。

映画解説に目を通すと「バルカン紛争停戦時」の「国境なき水と衛生管理団」
なるNGOの活躍?をシュールではあるが、コミカルに描いた作品とある。
※シュール      あり得ない・現実を超えた・奇抜な 等の意
NGO            非政府組織・ (NON GOVERNMENTAL ORGANIZATION)

NGOで「国境なき医師団」はよく耳にするし、ある意味かっこよさげである。
とにかく、この映画、視聴することに。

oldboy君、ここでこの映画の筋と感想を述べるのが本位ではない。
あくまでも、「oldboyくんの5月3日の誕生日」が主筋であるのはキチンと
心得ている。
しかし必要最小限の情報をインプットして頂き、なるほどと思って頂く
ことも必要である。

 

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ユーゴ・スラビア分裂後のバルカン半島。(ウィキペディアより)

黄色スロベニア /赤・クロアチア /濃、灰色・ボスニア、ヘルツゴビナ /緑・モンテネグロ
/オレンジ・マケドニア

ヨーロッパ南東部、地中海東部のうち、アドリア海エーゲ海黒海に囲まれた
半島域

20世紀の終わりごろ、バルカン半島全域が、紛争状態に置かれた歴史がある。
ここバルカン半島にあった「ユーゴ・スラビア」なる国が、政治体制、言語
民族、宗教の違いからいくつもの小国家に分裂していった時代である。

もともと、この地域、モザイク国家などと呼ばれ、国境線があっても、
互いに飛び地などが相手領土内に点在し、広くもない川を挟んで敵味方、
もっと言えば、疑心暗鬼が隣近所の近しいはずの人達にも伝播、殺し合い
、泥沼状態に落ちいってしまったのがこの紛争である。


別名、ヨーロッパの火薬庫などとも呼ばれている地域でもある。

この点、日本はある意味幸せな国である。
政治体制の良し悪しは別に1制度で、方言は多々あるが、ひとつの言語の
範疇である。
宗教も人々を縛るほどでもないし、国家宗教なるものも無い、その上、
国境線は全て海で、一国一領土の単独の海洋国家である。

バルカン半島諸国」に比べて国家存立の条件は全て対極にある、
本当にありがたい環境にあるのがこの国「日本」であると思う。

バルカン半島」の紛争が「国連」などの調停で、ようやく曲りなり
にも停戦が達成されたのが、この映画、邦題「ロープ・戦場の生命線」
洋題「A perfect day」の舞台と時代なのである。
西暦の年譜で言えば「1995年」のある日!を舞台にして描かれている。

従って、この映画の必要ワーズ(用語)を「バルカン半島」「難民収容所」
「地雷原」「飲料用井戸に投げ込まれた巨漢の死体」「ロープ」となる。

ここを、出身国も言語もバラバラ5人組(男2人・女2人・通訳1人)が1台の
車両で登場、身分は(NGO国境なき水と衛生管理団)である。

(ある村の飲料用共同井戸に投げ込まれた死体を引き上げるべく任務)
を負って危険地帯を右往左往する物語である。

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oldboy君、ここでこの映画の解説をするものではない。
上記の状況説明で、感の鋭い諸氏はおよそこの映画の内容が見えておられる
と思う。

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● やがて映画のエンドロールがと、思いきやエンドクレジット
 「A perfect day」が現れ、これに被せるように、女性の声で優しく
「花はどこへ行った・Where  has all the flowers gone」がフル
流れる。

そうこの曲こそoldboy-elegy君にとって、誕生日5月3日を想起さすもの
である。

よくぞ、最後の最後まで見たもんだ。
きっと、この映画を気に入り、チョットした余韻にしたっていたのかも
知れない。


このエンディングは、曲を聞くまでは全く想定外の
もので、
ある意味5月3日の最高のプレゼントに思えたのである。


曲の作詞・作曲者は我が敬愛するあのピート・シーガー様なのだ。
ただ俺がこう言っても、今の人達の多くは「それ誰?」と言う事になる
んだろうな、それも少し寂しいが致し方ない事かもしれない。

ピート・シーガーとoldboy君の誕生日の5月3日と何か関係があるの?」
の声。
それがありありの大ありなのだ。

● 彼、「ピート・シーガー」の誕生日は、1919年・05・03 なのである。

ここで、これを聞いて「あほらし」と嘲笑とあざけりの声が聞こえる。
もちろん、西暦1919 は除外して 05・03 、まぎれもなく誕生日は
同じである。
1/365の確率である、稀有な事と、かってに思っている。

この曲、「Where has all the flowers gone 花はどこにいったの」は
作詞・作曲者のピートはもちろん、多くのグループやソロシンガーが
カバーをしている。

有名どころでは「キングストン・トリオ」「PPMことピーター・ポール&
マリー」などがいる。

この曲、「ベトナム戦争時を象徴する反戦歌(プロテスト・ソング)であった」
曲調はもとより、その歌詞は、アメリカはもとより、世界で歌われた。
oldboy-elegy君も、この年代を生きてきたのだ。


またPPM(ピーター・ポール&マリー)のマリーはこう言った「社会の変革時には必ず、ひとつの曲が声と、ともにあった」と。

歌詞の後半の主旨を下記に簡単に書いておく。
「男たちは、どこに行ったの? みんな戦場に行ったよ、みんな
墓場に入ったよ、それで娘たちは墓場の花を摘んでいったよ」・・・意訳。

そう、5月3日に偶然視聴した映画が「A perfect day」で、その映画のエンド
ロールに使用された曲が「花はどこへいった」、その上その作詞・作曲
した人が「5月3日」生まれの「ピート・シーガー」だ、これを大いなる
「因縁」と呼ばずに何がある。

最後に、この曲(花はどこにいった)が「A perfect day」に偶然登場したのではないとoldboy君は考えている。
そこにはある事実が伏線となり、ここに登場したものと確信している。

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みなさん、「カタリナ・ビット」なる「女子フィギュアのスケーター」
ご存じですか?
彼女、当時の東ドイツ代表として、「ユーゴ・スラビア時代」の古都
サラエボ開催の冬季オリンピック1984で優勝しているのです。

バルカン紛争以前のことで、彼女18才の時の事でした。

それから後に、「ユーゴ―・スラビア」が瓦解、長い紛争が始まったのです。

サラエボ大会から10年後、「ノルウェーリレハンメル1994」で「冬季
オリンピック」が開催、カテリナ・ビット」28歳の時の事です。

もちろん、いまだバルカンでの紛争も終わっていない時のことです。

結果、ほとんどの選手が10代の中、ビットは28歳、成績は
ふるいませんでしたが、彼女の演技が始まると、会場が一瞬の
静寂の後、津波のような拍手、そして静寂。

もちろん、彼女の「バルカンの地、サラエボ」以後の活躍や
おそらくこの大会を最後に引退する「ビット」への、敬意の
拍手でもあったかも知れません。

しかし、これ以上に、会場や世界を感動の渦に巻き込んだのは
「彼女のダンス」で流れた曲なのです。

「花はどこえいったの」

がそれなのです。

この時「ユーゴスラビア紛争」はまだ終わっていないのです。
「バルカンのサラエボ」は「ビット」にとっても、18才でオリンピック
初優勝した「因縁の地」です。

それゆえの「カテりナ・ビット」が選んだ、プロテスト・ソング
だったはずです。

「A  perfect day」の監督も、当然このことを(バルカン半島とカテリナ・ビット
との因縁)承知の上で、エンディング曲として使用したのでしょう。

このことは、映画の解説には言及されてはいませんがoldboyくんの勝手な
思い込みではないはずと確信しています。

最後に、上に書いた歌詞の後半の意訳をもう一度書きたく思います。


「男たちは、どこに行ったの? みんな戦場に行ったよ、それでみんな
墓場に入ったよ、それで娘たちは墓場の花を摘んでいったよ」・・・意訳。

 



                                            了

             oldboy-elegy

 

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