oldboy-elegy のブログ

ずいぶん長きにわたりグータラな人生を送ってきたもんです。これからもきっとこうでしょう、ハイ。

oldboy-elegy (25) ①「ガリ版刷り」って何?②英語?とローマ字?に関わるチョッピリ哀しい話。

oldboy-elegyくん、高校3年,卒業式前の2月中旬以後、大学卒業まで大阪は
河内の小さな塾の講師をやっていた。

母(故人)がおっしゃるには、大学の「初期費用を含めた入学金と、毎年の
授業料」は
私が責任をもって支払う、その上「この家の部屋代、まかない代を
よこせ
とは言わぬ、ただし、オカズに文句をいうな、それ以外の経費は知らぬ、
こんな
好条件どこにある」とのご宣託。

この言にoldboy-elegyくん、「ハアッハ~、ご無理ごもっとも、ありがたく」
と「頭(こうべ)を垂(た)れた」しだいである。

こうして、河内(かわち)から京都までの自宅通学が始まった。


実を言うと、教科書代を含む書籍代もご支援いただいていた。
ときおり、書籍代に行かず、遊興費に。
結構な金額であったはず。

本来なら、もうちと頑張り、学費の安い公立の大学を目指すのが本筋だが、
oldboy-elegy君、そこまでの根性はない。

もともと浪人など念頭になかった彼、最初に受けた京都の私立大学に受かり、
その日のうちに本棚から「受験関係」の書籍を一掃、即「人生のモラトリ
アム」気分に突入。
※人生のモラトリアム・大人になる猶予期間
 oldboy-elegyくん的解釈・社会人になるまでの猶予期間(大学生活)

彼、人生においても「楽な方、ラクなホウ」に、走るきらいがある、基本これが
oldboy君の性向で本質であるようだ、もう一押しの根性は持ち合わせていない
のである。

岩田一男の英文解釈・英作文」や「チャート式数学」など本立てから
即、一掃、お蔵入り。
古文関係はもともと好きだったので、そのまま辞書・辞典関係とともに
残すことに。

外を歩いていても、春はもう少し先だが、ウキウキ気分。
ただ近所の顔見知りのオバちゃんなどに出くわすと、この気分が
雲散霧消。

「oldboyちゃん、次はどこ受けんの?」とニタリ顔で聞かれること
必定なのだ。
先刻、大学入学試験に合格したことは知っておいでなのである。

なぜか、当時、新聞の地方版に大学名・出身高校・姓名が当たり前のように
掲載されていたのである。

なぜ、こんなプライベートなことが新聞記事として掲載されていたのか
理解できないし、謎である。

なにしろ、国立・公立一辺倒の土地柄だ。

ともかくも、あとは日常の「交通費を含む遊興費」を稼ぐのが大問題なのである。

その手段が塾の先生と言うことである。

高校時代、結構、いろいろのアルバイトはやってきている。
年末の門松作り・鶴橋は国際マーケットでの魚屋・夏休みの氷配達・etc
どれも結構実入りの良い、アルバイトであった。

とくに、門松作りなどは、発注元が大阪市内の「ヤクザやさん」である。
売り先は、スナックやバーなどの飲み屋だ。
トラックの荷台にいろいろの大きさの門松を積み込み、指示された店に
無理やり&強引に置いていくのである。
店から出てきたママさんが、われわれに向かって大声でアクタイをつくの
も無視、ヤクザやさんの指示通りに下ろしていくのみである。

このアルバイトでoldboyくん、修学旅行用の薄地のコート・革靴を調達
したことを思い出す。

それに、そのコートに「Tenko・女性の名」と一緒にくるまったことがある。
甘酸っぱい思い出である。

これも oldboy-elegy No.9  にて記事にてUPした。
このブログの最下段にリンクしておく。
読んでいただければ嬉しい。


彼の、塾での受け持ち教科は「数学・理科」である。
法文系の学生ではあるが採用していただいた。

同じ高校の先輩の後釜として推薦していただいたのが良かった。
世の大卒初任給2万円前後の時代、時間関係なしの6~7千円頂けることに決定。
正確な金額は失念した。

しかし、この「時間関係なし」が曲者であった。


4月に入ると、少々不安があった「理数科目」も、予習なしの「即本番」
でも、なんとかこなせる。


ここらあたりが、oldboyくんの性癖で「基本人間が軽い」のである。

授業時間は金・土・日に集中してカリキュラムを組んでもらう。
大学の必須教科の講義が夕方の場合、京都から2時間の距離では少々
無理がある場合もある。

そのへんは、塾と相談の上、いろいろ便宜を払ってもらっていた。

①ここからがタイトルの「塾でのガリ版刷り」にまつわる話となる。

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左の写真画像が「謄写版刷り」の道具
一式。

画像借用のため、唯一の痕跡、
〇〇市教育委員会にも連絡したが、
先方の画像でもないとのこと。
当方、無害と判断して、掲載させて
いただいた。




生徒たち、いくつかの別々の中学校から寄り集まっている関係で、
なかなか「カリキュラムの統一性」が取りずらい。

なかには、電車で二駅ほど先から来ている生徒もいる。
そのため「公平を期す」のに、塾で作成したテキストがどうしても
必要になる。


それも、全て自前で作成するのである。
謄写版刷り、またはガリ版刷り」が基本でこれ以外の方法はない。

謄写版刷り」を説明する、上掲の画像を見ながら読み進めていただければ
ほぼ、ガテンがいくと思う。

謄写版刷り」は別名「ガリ版刷り」ともいう。
「蝋引き(ろうびき)の原紙」を細密のヤスリ板の上に置き、とがった鉄筆
ガリガリ」と蝋を削る音から、そう呼ばれている。

最後に、書きあがった蝋引き原稿を四角の木枠に貼り、インクを乗せ、
ローラーで1枚1枚別の紙に転写するのが、作業の行程だ。

まず適切な問題を教科書や市販の問題集から選び出すことから始まる。
予習の要素は省き、「各学校の後追い・復習」と「理解度」が深化するのを
目的にした授業である。

もちろん、経営者の「塾長」及び「前任者」と相談の上である。

時にはこの準備の作業が夜中までかかる事も多い。


oldboyくんの担当学年は1年・3年で、テストや資料も全てこの
ガリ版刷り」でやることになる。


最後に、鉛筆書きのひな型原稿を蝋(ろう)原紙に鉄筆で印刷用の
本番原紙を作成するのだが、彼、鉄筆の筆圧が強すぎて、蝋(ろう)原紙を
痛めてしまうことが度々であった。
修正液を使うのだが、なんせ原紙全体の状態が、5段階評価で2~3の
できであり、生徒に申し訳がないシロモノである。

まあ、それ以前に「字」の下手さ加減には、oldboyくん「絶対の自信」
がある。

上手な人なら1枚の原紙で100枚ほどの「印刷」なら余裕で可能なのだが、
oldboy君の場合、20~30枚でインクが本番用紙に滲んでくることもしば
しばである。

こんな時は、また原版作りからやることになる。

思うに、「天性の不器用」のお人である。

要するに、受け持ち時間数の数倍の準備時間が必要なのだ。
もう、損得勘定を考えていたらやれるものではない。

今の時代なら、パソコンのエクセルか何かに使用する基本原稿のパターン
をテンプレートで保管、必要時にこれを呼び出し、そのまま考えながら問題
を書き込み、出来上がったものをデジタルコピー機につなぎ、好きなだけの、
印刷がアッと言う間に出来上がる。

実際にこの件で「悪戦苦闘」した経験のあるoldboy-elegy君にすれば
隔世の感がある。

ともかく、この仕事(塾のアルバイト)、時間給を考え、損得ではやれる
ものではない。
こうなれば、彼等(生徒たち)の成績を少しでもあげようと努力するのは
人情である。

少し後には「謄写版印刷や鉄筆による原紙切り、刷り」を助けてもら
える生徒たちの「女子のグループ」もでき、大いに甘えさしていただいた。

やがて、これらの作業を通じて、勉強のできる子も、そうでない子も、ひとつにマトマリ、塾と言えどもなにやら、強い絆が芽生えてきたように思えたのである。

  
② 英語?とローマ字?のチョッピリ哀しい話

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この男の子が「和夫・仮称」である。













ある日、英語の講師が急用で休まれたことがあった
そのおりoldboy-elegy君が代理でこのクラスをタマタマ受け持った。

単語の小テストの用紙を塾長から預かり、授業に臨んだ。
20人少々のクラスである。
テスト時間は10分だか20分ぐらいのものである。

この日、遅くに、塾長(経営者)に教室脇の小部屋に呼ばれた。
「oldboyくん、これみてごらん」と先ほどの英語の単語小テスト
の用紙を1枚、彼の前におかれた。

「??!!」彼「何だろう?」の体(てい)でのぞきこんでみる。
姓名欄には、よろよろした、ものだが、一応漢字で書かれている。
「○○かずお」と読み取れる。

小テストはひらかなや簡単な漢字がならび、その横のカッコ内に英単語を
書き込むだけの、至極単純なものである。

塾長、oldboy君が「なにか?」の様子でのぞきこむのを見て「答、読ん
でみて」とうながされた。

実際の具体的な単語は忘れたが、こういうことである。

「川」とあれば普通、正解は「river」となるが彼の解答は「kawa」となって
いるのである。
書かれた「kawa」も正確なローマ字ではない。
一生懸命に「kawa」と書こうとしているのは見てとれる。

彼にとって、「英語」とは「ローマ字」なのである。
「そう、ローマ字を書くことが、すなわち英語であると」思っているらしい
のだ。

始めのころは担当先生も、地球儀など取り出し、違う言語・人種などの
存在等を説明したりして努力されたみたいである。

親御さんも、重々、承知の上での入塾であったらしい。
同じ、中学校の友達も何人かいる。
ただ授業態度に、とくに問題も無かったし、むしろ楽しんでいたようである。
しかし学期末には親からの退塾届が出され、やめていかれた。

退塾のおり、ご両親そろっておいでになり、「息子も良い思い出になったこと
と・・・・」の言葉を残していかれたらしい。

和夫を見送った塾長、「アイツ本人、納得して辞めたのだろうか」と。

彼の退塾にあたり「ホッとしたのは本音であるが、心の奥に小さな空洞
ができたのも現実であった」と述懐されていたのをoldboy-elegy君は
知っている。

                         
                  了

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