(雑感・雑記帳 No. 49 ) 亡き母の「声音・こわね」を突然思い出す、「デービッド!ローソンまで行って来て、ハイお金ね」の言葉を聞いて
★1 上掲の写真、なんだと思われる?
アメリカ、オハイオ州出身の年配,男性観光客が日本で見たものはなん
だったのか?
なにかの容器であることは、その形状から察しは付く。
そう、アメリカで日常使われていた、アルミ製のミルク入れ缶で
ある。
今日の、話は、年配のアメリカ人旅行客「名無しの権兵衛さん」が、
日本国内を旅行中、あるものにイタク感動、そのおりに転がり出た
なにげない言葉を題材にしたもので「チョットしたホッコリ系」の
話である。
同時に、oldboy-elegy君も、その言葉を聞き、深く感応、連鎖反応を
起こしたのである。
この「心の連鎖」が無かったなら、恐らく、今日のこの記事は書け
なかったはず。
年配の旅行客が口にした言葉とは、今日のタイトルのまま
「デービッド!ローソンまで行って来て、ハイこれお金ね!」
が、そうである。
そうこの「ローソン」と言う社名と「ロゴの形状、カラーリング」の
出自はもともとアメリカ合衆国はオハイオ州の「ローソンミルク社」もの
であった。
会社設立は1939年の事である。
※出自(しゅつじ) 出身や出所
主たる販売品は「ミルク・牛乳」であり、フレッシュさが売りの評判のもの
であったそうだ。
上掲のローソンのロゴマークは現在の日本の「コンビニ・ローソン」のそれ
である。
チョット見た目には、もともとの、アメリカ「ローソン・ミルク社」のロゴ
マークとの違いは明確に認識できない。
カラーリング、全体の雰囲気が同じが為であるからか。
そう、写真のアルミ製の缶は、上掲の「コンビニ・ローソン」のロゴに
描かれた容器とほぼ同一のものである。
少しoldboy君の創造が入って申し訳ないが、このアルミ製のミルク缶の
基本的な名称が、いくら調べてもはっきりしないのである。
そこで「アメリカのミルクの容量単位」は「ガロン」である事から、
「ガロン缶」と勝手に名付けさせていただくことにする。
1ガロンは約4Kg弱で、その量から考えて、恐らく缶の大きさは、数種類
あり、お客の家族構成などにより必要量も異なる、きっと「通い缶」
になっていたのではないかと想像する。
※「通い缶・かよいカン」 顧客囲い込みのためのサービス、会社が無償
でお客に貸し与えるもの
ロゴの違いは、上下の英語文字のみで、「LAWSON」が「LAWSON'S」
となっているのと、下部の「STATION」が「PARTY FOOD」となって
いたぐらいで、これも遠目(とうめ)チョット見では殆んど違いは認識
できないはず。
ここで言うアメリカの「パーティ・フーズ」とは、パーティーのホストや
ゲストが厳然と分れている日本と違い、招待されたゲストも,何かしらの簡単
な料理を持参するのが常識とされる。
子供達の「お呼ばれ、呼ばれ」の「誕生会」を念頭に置けば理解しやすい。
アメリカ・ローソンの販売品をよくよく観察すれば、後のコンビニエン
ス・ストアーへの萌芽が、もうすでに見え隠れするのはなんとも興味深い。
新鮮で高品質なミルク(牛乳)を中心に、パーティ・フーヅ、コミック本、
場所にも依るが、ミュージックボックス、ゲームの簡体機など、現在の
コンビニ店の方向がすでに見え隠れしている。
因みに、日本のローソンの1号店は1975年のことである。
断わっておくが、ここでは「ローソン・ミルク社と日本のコンビニ・
ローソン」との成り染や関係のウンチクを語るのが目的ではない。
以上の事実を念頭に、以下、読み進めて欲しい。
★★2
コロナ禍までの日本入国外国人観光客数は2019年には年間3000万人を突破!!
こんななかアメリカ合衆国からの観光客も当然、大勢いたろう。
そのうち、特に、オハイオ州からの入国男性年配者の心境に与えた、ある
ことが、この日本でチョットした話題になっていた。
アメリカの「ローソン・ミルク社」の本社および出自は(オハイオ州)が
始まりである。
オハイオ州は、五大湖の一つエリー湖の南岸に位置し、北はもうカナダ
である。
昔はインデアン各部族の居留地があり、さらに今でも厳格なキリスト教的
教義を実践し生活する「アーミッシュ」の人達が住む、地味豊かな、牧歌的
な土地柄でもあった。
これを知ると、「ローソン・ミルク社」のミルクがいかに優れたもので
あったかは想像に難くない。
日本で言えば、北海道を思い起こすのと同根の想いかもしれない。
一体彼等は、我らが日本の何を見て、その様な言葉・言質・印象を
持ったのか??
そう、彼等は、日本の空港に到着したその瞬間、印象的な形とブルー
を白で抜かれたアルミ製ガロン缶の、あのローソンロゴを突然、目に
することになる。
元祖、「ローソンミルク社」の店舗が本家アメリカ・オハイオから
消えて久しい。
彼等にしても、長いあいだ、忘れ去っていた日常のオハイオの心象風景が、
このロゴを目にするや、40年50年の時を超え、今はもういない母や父を
始め兄弟たちが突然胸中にフラッシュバックするのを想像してみて欲しい。
以下、その時の年配さん達の文言を、「名無しの権兵衛さん」の扱いで
幾つか紹介する。
「名無しの権兵衛さんA]
・おれはローソンのミルクで育ったようなもの・・
「名無しの権兵衛さんB」
・オハイオ出身の俺、本当に驚いた。
ローソンのロゴを日本で初めて見た時の信じられない気持ちを・・・
「名無しの権兵衛さんC」
・そうそう、アーケードゲーム、いろいろ置いてあって、よくやっていた、
ローソンで・・
「名無しの権兵衛さんD」
・子供のころ、コミックを買うのは、ローソンだった・・
「名無しの権兵衛さんE」
・おばあちゃんがローソンで働いていた、60年昔の話・・・
「名無しの権兵衛さんF」
・初めて日本で見た時、そりゃ衝撃的,忘れかけていた記憶が突然掘り
起こされた・・・
「名無しの権兵衛さんG」
・俺の家、酪農家、ローソンに牛乳おろしていた・・・
「名無しの権兵衛さんH」
・日本旅行中、不思議な感覚に陥った・・・
などなどである。
★★★3 上記の文言の他(ほか)、oldboy-elegy君にとって特に琴線
に触れたものがあった。
これが為、今、記事を書いているようなものである。
それがとっておきの外人さんの言葉で、タイトルのそれである。
その言葉をもう一度書く。
「デービッド!ローソンまで行って来て、ハイ、お金ね」
なんと彼等にとっての日常の風景を醸(かも)し出す、一言か。
これを読む、いや聞いてoldboy-elegy君、フイに自分の母の「声音・こわね」
を耳にした感覚に嵌(はま)ってしまったのである。
もちろん、oldboy君、デービッドではないし、お使いの行き先もローソンでは
ない。
※上掲のイラストは「黒砂糖のかち割」である、「思い出」はもう少し
「黒かった」印象がある。 「いらすとや」さんより
では、どのように聞こえたの?
「oldboyちゃん!お逮夜市(おたいや)に行って、いつもの黒砂糖のかち割、
買って来てハイお金!!」
が、あの時の母の言葉で、彼女そのものの「生声・なまごえ」で頼まれたか
に聞こえたのである。
お逮夜市(おたいやいち)とはoldboy君の地元の大寺二つを結ぶ参道
に掛かる大市(おおいち)のこと。
それぞれの寺の中興の師の入滅日が「市の立つ日で」月2回の開催である。
母はこの日には、必ず、故郷・鹿児島の「サトウキビ製の黒砂糖のかち割」
を購入するのを楽しみしていた。
また自分が行けない時はoldboy君に頼むのもいつものことである。
従って、タイトルのデービットではないが、全て状況は重なる、それが、
彼に同種の感興を呼び起こしたのもまたうなずける。
この文言が、内容は当然の事、その「声音・こわね」も、まぎれもなく
母の「地声」そのものだった、とoldboy君には聞こえたのである。
「デービッド!」で始まる、その言葉が、時の時空を超えて母とoldboy-elegy
君とを結んだのが全てである。
最後にもう一度聴こう、母の生声を
「デービッド!ローソンまで行って来て、ハイ、お金ね」
と
「oldboyちゃん!お逮夜市(おたいや)に行って来て、いつもの
黒砂糖のかち割ね、ハイお金!」
である。
★★★★4 こんな販促企画はどうだろう
追記 コロナ禍が終われば、ローソン販促のための、こんな企画はどう
だろう。
今、ヒョイと「思いついた」
「アメリカ、オハイオ出身の方、本人パスポート一覧で10%値引きするよ!
ローソン」
はどうかな?
★★★★★5 あとがき
日本語の「懐かしさ」と、英語で言う「ノスタルジ-nostalgy」の感覚の違い
はじめ、
英単語のノスタルジーを、日本語の「懐かしさ」と同等の扱いで文章化して
いたが、どうもそうでもないらしいのに気が付く。
日本語の「懐かしい」は、どちらかと言えば「肯定的」側面が強く、
英語で言う「nostalgy」とはニュアンスが大部に違うのである。
つまり日本語の「懐かしい」を正確に表現する「英単語」は存在
しないと言う事になる。
それを気にしながら記事を書くのは少々、難(むずか)しいので、
それならばと、全文破棄して一から書き直すハメに、少々時間は
かかったが、なんとか書き上げたがどうだろう。
「ウヒョーッ」疲れた、つかれた、ツカレタ!!
でわ でわ 心置きなく眠ることにする
了
oldboy-elegy