oldboy-elegy のブログ

ずいぶん長きにわたりグータラな人生を送ってきたもんです。これからもきっとこうでしょう、ハイ。

oldboy-elegy (20) ソウル(Seoul)暮色  金(キム)課長のお宅に「お呼ばれ」のはずが、着くなり奥さん、ぼんくら男二人を指さし大剣幕、いったい何が?

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 この日は、キム課長のお宅にお呼ばれの約束がある。

 少々oldboy-elegy君、気が重い、強く辞退したのだが押し切られた形である。

「社長の了解もとってある、妻も、どうぞ、お待ちしている」とのこと。

 なにもご自宅まで行かずとも、ホテルのあるこの辺り(ソウルで一番の繁華街・ミョンドン)で何処か普段行けない料理屋で食事すればすむことではないのか。

 ましてやこの二人、揃って「下戸」である。
奥さんの手を煩わす事など堪忍してほしいとoldboy-elegy君、
本気で思っている。


 今日は寝起きから、なにやら気分がすぐれないのはこのせいだと思う。
「あ~、やだやだ」と思うと余計に気が滅入る。

 気分一新のため、めったにしない「モーニング・シャワー」なるものをする。
この行為も「接待を受けたからには」の気持ちの、あらわれである。
oldboy君、風呂派なのだが。

 今日の、記事のお話の分岐点と言うのか「間違いの元と言うのは」どうもこの辺りから始まったようである。

 シャワーの後、部屋の壁に埋め込んだ大きな木枠の鏡の前に立ち、ドライヤーで髪を乾かしている時である。
「ムッ!」、髪の毛が伸びぎみで、少しムサイかな、思ったのが今日のタイトル、「課長の奥さん、大剣幕」の始まりだったようだ。

 

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つぎに「早めに仕事を切り上げ床屋に行こう」と決心したのが、間違いのレールに乗った瞬間であった。

 oldboyくん、この街(ソウル)で床屋に行ったことはない。
滞在期間はせいぜい1週間ほどで、問題でもない限りこれを超える事はない。

 そのため散髪は国内(日本)でやる、それも勤務時間中、会社近くの行きつけの「床屋」でやるのが常である。

  oldboyくん、何故、この地(ソウル)で散髪をしょうと思い立ったのか?
そう全て「お呼ばれ」のせいである。

 このあたりoldboyくんの性格でもある。
基本、グータラではあるが、「他人に迷惑を与えない限り」の但し書きがつく、いたって真面目な奴なのだ。
自分から何日も先の予定の提案はしない、先様からのお話も「どうしょうもない」もの以外は「近場に来てから」連絡頂戴などでお茶をにごす。

 いったん約束すると、その完全履行が常識で、何日も前から気にかかるお人なのである。

  ここで、もう一つoldboyくん、間違いをおかしたのである。
「課長、今日散髪に行きたいので、何処か床屋、紹介してよ」と電話で頼んだら「ああ、いいよ、それなら私も」と二つ返事、夕方早めにホテルに来るとのことである。

 「私も」?、つまり、キム課長自身も床屋に行くって事なのか?
この時点で深く考えはしなかったが、この一言で「奥さんの大剣幕」への道筋が決まってしまったようである。

 oldboy-elegyくん、外回りの仕事2、3を急ぎ済ませ、早目にはホテルにご帰還である。


 ホテル裏のそう広くない道筋の向こう沿いに小さな「なんでも屋」の雑貨店がある。
この店、ストリート・フード店ならず、ストリート雑貨店である。

奥にコンクリート塀を背負い、店自体は間口2MX奥行40~50センチ位の露店で、天井は帆布のテントである。
コンクリート塀の背部分も大きな木製の棚が設(しつら)えてあり、商品が並んでいる。

 夜、店仕舞いの折には、この部分の品を下の平台に移し、最後に背棚を平台にかぶせる様にしてたたむ。
あとは大きな錠前を幾つか掛け、雨除けのビニールテントで覆い、最後に自転車の古るチューブを幾筋かかけて終了である。

 なぜ、そんなこと知っているのかって?、oldboy-elegyくん、何度か店仕舞いを手伝ったことがある。

 もちろん、タバコもあるが、ジッポのライターから栓抜き、洗面具などの日用品、「銘柄やデザインさえ文句を言わねばなんでも揃うよ」と言うのが、この店の「売り」なのだ。
なにやら、テレビドラマの「深夜食堂」の口調に似てきた。

 oldboyくん、普段ここでタバコを買っている、銘柄はシルバーグレーのハードボックスに濃紺の漢字で「松竹」となっている、韓国製だ。
ヘヤ―ドライヤーもここで買ったものだが、強・中・弱のスイッチの内、強は熱風すぎて、怖くて使う気にはなれぬ。


 このストリート雑貨店主、パク(朴)さんは、oldboyくんの、この地での
韓国,朝鮮語の先生なのだ。


 もっと言えば、彼、大阪の生野(韓国・朝鮮人が多く住む地域)の出身で、故あって帰韓したのだそうだ。
事情は聴いているが、ここで書いてもセンないことなので書くまい。


 それゆえ彼の日本語と言おうか大阪弁は基本、朝鮮なまりがあるものの、なんの不自由も感じられない。

 朝鮮語のイロハを習い始めたのは良いが、意思の疎通が完璧すぎて勉強そっちのけで無駄話(大阪弁にて)に重点が移り、今は利害関係ゼロの友達になってしまった感が強い。
それでも教授代は毎回支払っている。

 朴さんに勉強会?のキャンセルを伝え、ホテルの部屋に入る。
今買ったばかりの「松竹タバコ」を吸いキム課長を待つ、そのうち眠くなり、ダブルのベッドの端でうたたね。

 oldboyくん、このごに及んでも往生際が悪い、「あ~、やだな~、朴さん(雑貨屋)と話しているほうがよっぽど楽しいのに」と、まだグズグズ言っている。

 ドアのノックの音で目が覚めた。
キム課長さんであろう、ここからは先、「嫌だ、イヤだ」はできない。
いくら表情に出さずとも、相手さんに失礼である。
 
 「課長、ご招待、お忙しいのにすいません、それに僕、お土産の用意もしてないのが気にかかり・・・・」とモゴモゴモゴ。
「なにも、そんなもの気にしなくとも」とキム課長。
そうこの言葉を引き出すための「モゴモゴモゴ」なのである。
お金の問題ではない、ただただ「面倒」なだけである。

 救いはこの人(課長)、oldboyくん以上の「下戸」であることが「不幸中の幸い」である。
酒を強要される心配はない。

 「それでは4時にホテルを出て、一緒に散髪に行きましょう、特別知っている「床屋」はありませんが、この辺り(ホテルの周囲)ならいくらでもあるでしょう」とのこと。


 彼の務める会社B社はつい数ヶ月前はA社と名乗っていたのだが、居抜きでB社に売られたのである。
 居抜きとは、従業員、事務所、得意先始め関係する全てをマルッポB社に売られ、経営者だけが変わったと言うことである。
キムさんの言うことでは、今度の社長の尹(ユン)さんはそこそこの資産家であるらしい。
 
 この国では、こう言う形の「代替わり?」は結構あるとのこと。

 この度の「お呼ばれ」も新社長の了解の上でのことである。

 ホテルを出て、新世界百貨店(シンセーゲィ・ペグファジュム)の方に歩きだし、最初に目に留まったクルクル回る三色のサインポールの床屋に入る。

 30分ほどで終了、日本の床屋に比べて毛髪のハサミの入れ方が大胆な感じ、それに、これまでより短髪に仕上がったようだ。
oldboyくん、これはこれでスッキリ、気に入っている。
今度、大阪で床屋に行く時は今までより短髪にしょうかとも思う。

 キムさんも、先ほどまでの雰囲気とは様変わり、何かしら凛とした感じ、絶対中途半端なロン毛より恰好が良い。

 彼、実は予備役の兵隊さんでもある。
防空訓練の時など、白い帆布のタンカに人を乗せ、走りまわっている。
そう思うと、後頭部のバリカンでの刈り上げが兵隊さん然としている。

 散髪代金も押し問答の末、彼が払う、こんな私的な事で、これで良いのか、いよいよ気が重い。

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 明洞(ミョンドン)の繁華街を出た先の大通りのタクシー乗り場は大混乱の中にある。

 素人の日本人が簡単に乗れるものではない。

 当時は相乗りOKで、同方向に向かう客を探し満席にして発車する。


 
 「これ、シンチョン(新村)行よ、後二人いないかー」と決められたタクシー乗り場は無視、ずっと離れた場所から大声で同方向の客を探す。

 当時、タクシーに使われた車体の多くは「ポニー」と言う車種で、運転手含めて5人乗りである。
時には、定員オーバーでも平気で乗せる。
客の一人当たりの運賃は目的地までのメーターの半額ぐらいで、それも、あいまいである。
客にとっては安く、運転手にとってはより多くの代金、つまりウインウインの関係である。
メーターは一応、賃走になっている。
もし何回かに一度、客を定員いっぱいに乗せ、メーター「空車」のままで走れば、全てポケットにできるのかな?とフト思った。

 客を多く乗せればそれだけ効率よく稼げるのだ。
国も全量輸入であるガソリンの、大きな節約になる。

 しかし運転手くん、日本人には結構つらく当たってくださる。
行く方角を一生懸命聞き取り、車に向かって手をあげ走っていくが、日本人だと分かると、定員以下でもドアーをバッタン、と走り出す輩もいる。

 乗せてから日本人だと判ると「チチ」とあからさまに歯噛みする奴もいる。
oldboyくん、「乗ってしまえばこちらのもん」何故か勝ち誇ったような気分になる、ある意味それやこれやを含めて楽しんでいた。

 さてキムさん、随分離れた場所から「おいでおいで」をしている。
oldboy君、急いで駆け寄り、乗り込むが、客は我ら2人のみで走りだした??
彼に、いくら払うのか聞くも、教えてくれない、あるいはもう払ったのかも、「いいからいいから」と言うばかりである。

 車は南山(ナムサン)トンネルを通り貫けしばらくは方角の感覚はあったのだが、やがて何処をどう走っているのか分からなくなる。

 この車、この瞬間、ある意味「地獄の一丁目」に向かって、ひた走っていたのである。
とくにキム課長にとっては。

 まだ夕日の残照が残っている。
やがてタクシーが止まった、すぐ目の前が課長の自宅らしい。
流行(はやり)りの集合住宅(マンション)ではなく一戸建てである。

 木製の頑丈そうな門に高い塀が家を巻いている。
門と住居の間には庭があるようだが、日本の様に木々が植わってる様子はない。
門扉には頑丈な鉄製の板が両端にはめ込んである。

 明らかに外部から侵入を拒むような雰囲気のつくりである。

 その頑丈な門扉の脇にはめ込まれた鉄板の上に、大口を開けたような鉄製のノッカーが付いている。

 「課長、立派なウチですなあ」とoldboyくん。
言いながら、内心(立派ではあるが、閉塞感と湿っぽい佇まいでなにやら隠花植物を見ている感覚に陥る)と感じていた。

 「この家、私がたてた家ではなく、もともと親父が建てた家なんです、親父夫婦も歳で、住むのに楽なマンションに数年前に移ったのですよ」とのこと。

 キム課長、やおらこの立派な、黒光りする鉄製のノッカーを数回打ち付ける、しばらくすると、門扉の向こうの玄関ドアのわずかに軋む音。

 ここまでは特別なことは何もなく、事が進んだのだが!!
やがて門の内側に人の気配が近づき、重々しい門扉が開かれる。

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 事は、キム課長とoldboy君が玄関先の庭に入ったところで起こったのである。

 取りあえず奥さんに挨拶をと「今日の食事会のお誘い、ありが、あり、アリ・・・・?」ぐらいのところで、急に奥さん俺を見てではなく、ダンナと俺の頭を見て、挨拶の口上を手の平を突きだしストップをかけたのである。

 ここからがいけない、彼女の形相が一変する。

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読者諸氏、文楽人形の「安珍清姫」の「清姫」が「安珍」に裏切られたと知るや、その表情が瞬時に「鬼」に変貌する「人形の頭・かしら」を見たことがありますか?
清姫」の柔和な顔の口が大きく耳元まで裂け、口内は真っ赤、目も大きく見開かれ、
頭には2本のツノがニョッキリと生えるのです。

 まさしくこれを再現したものと言ってよいでしょう。
彼女、「まあまあ・・」とするダンナ(課長)の手を振り払い、なにやら、oldboyくんの韓国語能力では聞き取り不能

 ダンナの綺麗にカットされた頭を指さし、怒りはますます増幅してゆくようです。
こうなれば、脇に突っ立っているoldboyくんなど眼中にはないのかも知れません。

 よくわからないが、どうやら、我ら2人がそろって床屋に入った事が、原因のようです。
ちょっと静かになりかけても、課長が少し何か言おうものなら、途端に奥さんのテンションは倍化し、手が付けられぬ状態です。

 いやはや、こんな激しい夫婦喧嘩を見るのはoldboyくん初めてのことです。
夫婦喧嘩と言ってもこの場合、彼女からの一方通行なのだが。
これには何か大きな誤解があるようですが、よくわかりません。

 日本人の場合、隣に友人や客がいての場所で、こんな激しい「夫婦喧嘩」なんてあるでしょうか?
少なくとも夫婦二人だけの場所ならいざ知らず。

 さすがに、バツの悪さにきが付いた課長「すいませんoldboyさん、とりあえずホテルにかえりましょうか」と言い、門外にoldboy君の背を押したのでした。

 結局、お呼ばれは中止に。

 帰りのタクシーの中で、彼女の剣幕の正確な原因を聞くに、その原因が判明したのです。

 当時、ソウルの床屋さんには、いわゆる「風俗床屋・マッサージ床屋」を本業としながら「床屋さん」を標榜する店が多くあったのです。

 キム課長夫婦の場合、そのため自宅近くの奥さんも良く知っている「床屋」しか行かせないのがお決まりです。

 キム課長もずっとこの事を結婚以来、長年、遵守してきたのです。
彼自身、風俗床屋やマッサージ床屋が街中にはたくさんあることは、先刻、知っていたのですが、私oldboyくんと同伴で行くことで、当然「免罪符」が取れるものと勝手に思い込んでしまったようです。

 奥さんにすれば、「このいけ好かない日本人にせがまれ、風俗床屋に連れていかれた」と、綺麗に刈りあがった二人の「オツム・頭」を見ると、イッキョに理性がぶっ飛び「この性悪、日本人め」となり「このエロダンナめ」と相成った、しだいらしいのです。

 「キムさん、今晩どうするの、この部屋に泊まる?」
「イヤ、もちろん帰ります」とホテルのルームサービスで頼んだ、サンドイッチ・アラカルトを食いながら返事。

 やがて彼の大好きな、ボクシングの国際試合が始まると、ベッドの端に背筋を伸ばし、テレビを見いる何時もの姿があった。

 「だいじょうぶやろ!!」とoldboyくん、今になり、なにか楽し気な気分になっている自分に「悪い奴」と頬が緩む。

                了 

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