oldboy-elegy のブログ

ずいぶん長きにわたりグータラな人生を送ってきたもんです。これからもきっとこうでしょう、ハイ。

oldboy-elegy (51)おれ、oldboyくんが、一生分の「運」を使い果たした日?・それと我らが「ガキンチョ・腕白坊主」と「駄菓子屋」のユル~イ一日

 

f:id:oldboy-elegy:20210907204336j:plain

左の図、まことに申し訳ないが
ブタではなく、乳牛のつもりで
ある。
5~6回、「モーモー」
唱えれば、やがて乳牛に
見えて
くるはず。


お尻が赤いのと、「首から顔、
前足
から胴の部分、最後に後ろ
脚を
含む、お尻部分」と三分割しそれぞれA・B・C とした。



はじめ言葉のみで説明しょうとしたが、なかなか、状況・意味が伝わらない
と思い、しかたなく、この上手な図画?恥を偲んで書く事にした。

上手、下手はともかく、図の様子はわかるはず。

それでは、図全体を一枚のカードとして見たててほしい。

ではこれより本題に入るとする。


               ★1
    むかし昔その昔、「ミルクキャラメル」なるお菓子が存在した。
    「森永」でなく単に「ミルクキャラメル」であることにご注視。

f:id:oldboy-elegy:20200715004353p:plain

読者諸兄の知る「ミルクキャラメル」の最終形は上掲の図であるはず。

ただし一個一個、油紙と言うのかワックス紙とかで個装してあり、見た目も
清潔感があり、人気のキャラメルである。

メーカーは、知れたこと、あの「森永製菓」であり、創業時からの主力品
でもあるらしい。

しかしここで言う、キャラメルは単に「ミルクキャラメル」で「森永」の
カンムリが抜け落ちていた。

  
                 ★★2
     oldboyくんちの近くに「チュウコヒン」なる「駄菓子屋・
               だがしや」
があり、我々チビッコのもらう、わずかな小遣いは 
           殆んどはここで消えていた
はず


oldboy-elegy君の初期のブログにも、この「チュウコヒン」なる言葉が何度か
出てくる。
ただこの「チュウコヒン」とは、この駄菓子屋の、本当の「屋号」でもない、

f:id:oldboy-elegy:20200304182957j:plain

この店名、我々ガキンチョが、使うもので、たんに、その様に呼ばれ、流布
していたもので、それ以上でも以下でもなく、もっと言えば「言葉の意味」も
存在しない子供の世界での事である。


ポケットにチャリチャリ、小銭の音がすれば「オ~イ、チュウコヒンいこや、
奢(おごる)ったるわー」程度のもの。

きっと語源は、近所の口さがない大人たちが言う「中古品」なる言葉
から漢字の意味が抜け落ち、音(オン)のみが残り、子供達の間に流布
したのかもしれぬ。

「チュウコヒン、チュウコヒン」と。
※ 中古品 (使用し、やや古くなった商品)
※ 口さがない (他人のうわさや批評を無責任・無遠慮にすること)

そう言えば、oldboy君も、老、女店主の前でも、気にせず、本来の意味も
知らず「チュウコヒン・チュウコヒン」と言っていたはず。

            
                ★★★3
   さてここ、「チューコヒン」でも、「ミルクキャラメル」は売られて

   いた。
   ただし「森永」の物でなく、単に「ミルクキャラメル」であって、
   意匠(化粧箱)も当然違っていた。

それが証拠に、我らがスーパーマーケット(チューコヒン)には本物は
置いていなかった。
きちんとした記憶はないが、恐らく価格も倍ほどは違っていたはず。

それに、この品、「あてものカード」が内封されていて、カードの種類に

より1箱から10箱の「ミルクキャラメル」がもらえる仕組みなっていた。
その一部が最初の図と言う訳である。

個ではなく箱で、こども心にも、なんとも豪気な景品である。

それでは、ここで「当てものカード」の種類を書いておく。

●4 なんとビックリのハズレなし。ただし乳牛さんが図のようにA.B.Cに
  分割され
それぞれの、部分が赤色で明示される、3部分揃えば、カード
  と 交換に一箱貰え
る仕組み。
●3 初めから、乳牛さん、全身が赤の場合、即その場で一箱。
●2 そして、銅賞なしで銀賞が五箱
●1 もちろん、一等賞、金賞で10箱、夢のゴールドメタル
以上がこのカードの景品交換の仕組みである

駄菓子は当てもの、おまけ、景品の類が、お好きである。
このへんが、駄菓子屋のダガシヤたるゆえんでもある。

ただしoldboyくん、家の勉強机の中に、尻赤カードばかり、何枚か入っている。
これまで、なにがしかの当たりくじを引いたことはない。



確か、記憶の中のデザインは、濃紺の中に黄色で「ミルクキャラメル」と
色抜きされていたように思うが、これも怪しい。


言えるのは、「森永」を意識した、「偽物」とまで言わぬが「二流品」である
ことは明瞭である。


 
                  ★★★★4
    さて、ここからがoldboy君の「一生分の運?」が付く
          始まり「序章」である。
      もちろん、得物(えもの)は、あの二流品の
                  ミルクキャラメルである。

実は、この店(チューコヒン)は彼等の(食品マート)を務めていたばかり
でなく、おもちゃ屋(トイザラス)の役目も担っていた。
ある意味、貧乏人の子せがれ達のショッピング・モール的、存在であった。

oldboy君的に言えば、(食品マート)より(おもちゃ屋)としての存在が主
であったように思う。
特に正月はチビッコとしても、大人に負けず、なにかと物入りの季節なのだ。

今と違い、当時の「お正月」の雰囲気は、子供心にも、こころおどる特別感
がしたものである。

まず、まだ昔ながらの「正月遊び」が健在であった時代である。
女の子は、「赤いおべべ」を着せてもらい、羽根つき(羽子板)、紙風船
つき、ゴム飛び、部屋に集まっては、トランプ(ヒチ並べ)や百人一首
坊主めくり)など「お正月」でしかしない、遊びに興じた。

一方、ガキンチョ(いたずら小僧)どもには、山ほどの種類の「正月遊び」が
ある。
駒回し、凧揚げ、べッタン(メンコ)、風船とばし、花火とくに投げ弾・煙幕
・ねずみ花火など夏花火とは趣が少し違う。

それに近所の大きな家の座敷に上がりこみ、親公認の夜中までのゲーム大会、
もちろん「中古品・チュウコヒン」で買った駄菓子の数々が持ち込まれ、
場の景品となり、取り合うのだ。

              ★★★★★5
    そんな正月のために、oldboy君、「チュウコヒン」に今、買い出し
         にノコノコやって来たのである。

今晩は、道路向こうの大きな家でのカルタ大会にご招待されている。
例年の正月行事でもある。

朝までとは言わぬが、時間制限なしのお遊びである。
親、公認のチョットした、子供専用のバクチ大会でもある。

ふところは、それなりに暖かい。
両親はもとより、数人ではあるが、父の小さな工場の人達からも「のし袋」
をいただいている。

勇んで「チューコヒン」に買い出しに出かけるoldboy君の背に、母の声が
追っかけてくる。
「お金、要る分だけにし~や、全部持って行ったらあかんで~」とおらんで
いなさる。

             ★★★★★★6
           ここからが最終章である。
    もうすでに、賢明な読者諸氏は、このあとoldboy-elegyくんに
              一体、なにが起ったのか、ある程度推察が可能な域に入っている。
             
とうぜん、今夜の駄菓子を賭けた、バクチ場に持ちこむ、(種銭・タネセン)
の購入
が目的である。

直径2Cmぐらいある色付きの飴玉にザラメ砂糖をくっ付けた「デカボールアメ」
栗色に焼いた「あんこ饅頭」・「せんべい」・「おかき」などなど。

そこにoldboy君、ふと、目がいった菓子があった。
ただの一箱も当たったことのない、あの「ミルクキャラメル」である。
ほんに軽い気持ちで木製の平箱の中のそれを一箱手に取る。

いまは、あの当てものの「乳牛カード」には全く期待をしていない、自
分がいる。
ただ20粒近く入った箱、「今日の博打場」でばらして使えば、なにかにつけ
便利かと思いついた
だけの事。

すぐに新聞紙で作られた、大きめの三角袋が菓子で一杯になる。

そのまま、支払いを終え、帰ろうとしたが、そこはそれ、フト全く期待もせず
例の「ミルクキャラメル」を引っ張り出す。
どうせ、乳牛のお尻赤札に決まっている」が「一応、確認しておくoldboy君。

透明のセロハン紙を剥ぎ取り、箱に指を突っ込み、全く期待もせず「当てもの
カード」をつまみだす。

「なんじゃこれは?」これまで見た色とは違う、「銀色のカード」が
oldboy-elegyくんの指先で輝いている。
彼まだ「??!・・・」の状態で「一体何が・・」の「ホケ状態である」

それで目の前の「チューコヒン」の老女店主に「おばはん、こんなカード
が・・」と、自分の身の上に起こった事実を理解し始めた彼がいた。

女店主、「うっそーこれ5箱の交換カードやん・・」と、スットンキョウな
キリキリ声をあげる始末である。
なにかおばはんも、初めての体験に遭遇したかの振る舞い様である。

このあと、何故かおばはん、よそよそしくなり、おまけに機嫌も悪くなった
ように感じたが、何故だろう。

最終的に、乳牛全身赤札が一枚、A・B・C赤部分組み合わせが1組の、総計
7箱ゲットで、最初に購入した1箱を加えるとなんと8箱の「ミルクキャラメル」
が手元に入ったことになる。
そう、言わば言うところの「盆と正月、一緒に来たよな」忙しさではなく、
嬉しさ
である。

これが今日の話のハイライトで「一生分の「運」を使い果たした日?」と
言う訳である。

f:id:oldboy-elegy:20200427203129j:plain




左傾の画像「安田の華ちゃん」
である。
当時中学1年生ぐらいで、家族
6人の朝、夕の賄いを一人でこ
なしていた。

後に、第何次かの「北朝鮮
帰還船で、次男を除く家族
全員で帰還した。

oldboy君、大学生のころ
母から、彼女の訃報を聞く。
自殺だったらしい。



oldboyくん、まだ上気の中、「安田の華ちゃん」の家まで急ぎ、ことの
次第を
説明、近所の吉雄始め、連れ3~4人の分など、五箱を残して、
家に帰った。

※ 上気の中(のぼせたまま)

oldboy君の「運気」も、ここで尽きるのではと、ちと思ったことも正直な
ところ。
 
それゆえ、少々「大仰」に、一生分の「運」と書かしていただいた。

               ★★★★★★★7       
                 それから

思うに、oldboy君がこの世に生を受け、初めての「吉兆」がこれかも
知れぬ。
※ 吉兆 なにか良い事が起こる前ぶれ

この後、種々の「運気」に遭遇したはずだが、何故か、このガキンチョ
時代の、ささやかな「運気」は、思い出の上位にある。

ミレニアム紀、前後の頃(西暦2000~2001)、他県に嫁いだ妹と久しぶりに
この懐かしの地で、待ち合わせたことがあった。

そう、今から20年以上も前のことである。

兄妹ともども、この街を離れて随分となる。

駅の2階のパーラーで軽く食事をすませ、妹を誘い、駅の南側の商店街を
そぞろ歩いてみた。

アーケードの突き当りが、神社で、並んで大きな、真宗系の寺がある。

このあたりが、oldboy君達が割拠した遊び場であった。
寺の大きな石段は、べッタン(メンコ)の対外戦の主戦場でもある。

もちろん、「チューコヒン」もこの先にあった。

妹が何気に言った、「なんか寂れた感が漂ってるなー、子供ら、ここまで
殆んど目え~へんで
」と、のたまう。

やがて神社の大鳥居が、やや曲がった通りの先に忽然と姿を現す。

もう、ここまででええわ、なんか余計に侘びしくなるわ」
と妹に駅にUターンすることを促す。

この時、何気に神社の大鳥居の下を見ると、そこに白いケム(煙)の中に
「人型の幻影」が
浮かび上がったように見えた。

やがて焦点を結んだ幻影は、人の姿になった。

そこには的屋(てきや)の親分の孫、勇吉を始め吉雄、孝雄兄弟、
「洟垂れ」の勝男、みんないる。


とうぜん、真ん中にoldboyくんも。
彼のうしろには、おさげ髪の「安田の華ちゃん」もいる。
彼女の左手は彼、oldboy君の肩に。

みんなニコニコ顔でこちらを見ている。
「華ちゃん」の右手は彼女の胸の前で、小さく揺れて、サヨナラをしていた。

そして次の瞬間、精霊の白いケム(煙)が、はじけて、消えた。
そして、あとに、「ワー」と走りゆく歓声が聞こえたようにoldboy君には
思えた。



                

                  oldboy-elegy


今日の記事、同様、「駄菓子屋」とこれを取り巻く「子供達の群像」を主題に
した、過去記事である。

oldboy-elegy.hateblo.jp

 

oldboy-elegy ( 50)  いまさら乍らの(悔恨・無念)の想い、いくらでも機会があったろうに、母を連れだし京都旅行に行ったことがなかった、このこと

 

ついこの間(2021・08・22)投稿の文面での「京都市内の情景を思案中」
ふいに
母の生前の着物姿が脳裏をかすめた。

中学校に「俺の悪さで?」呼び出された時の母の、お姿である。

f:id:oldboy-elegy:20200122232230j:plain



薄紫色の着物姿、手には信玄袋(タバコのしんせいとマッチが入ってる)
その上、
今日は、薄いベージュの日傘もお持ちだ。

母の完璧なお出かけモードのお姿である。

現実は、体育の先生が自我を忘れ、俺に連続10発ほどのゲンコをくれた
ことがあった。
この、あと始末に母が
呼び出された、これが事の真相である。

父ではなく、母が俺の正式の「保護者」である。
しかし日ごろからoldboyくん「授業参観・運動会・学芸会」 など学校
行事には「こ(来)んでええ~」と拒否、一点張りであった。
※こ(来)んでええ~」 河内弁で「来るな」の意

だが今度はそうはいかない、「学校からの呼び出し」である。

母に、「呼び出し」があったのは、小学時の「集団柿泥棒」以来のはず。
そのためか、めったに来る
ことがない学校に出向く折は、上掲の如く気合
を入れなさるのである。

              ★1
パソコンから身を起こし、しばし、母を想う自分がいた。
すると、母に対する、強烈な「悔恨」の想いが、フツフツと湧き上がる自分に
気がついた。

「お前は、馬鹿か、人でなしかそれとも、ただの鈍感なヤツ」だったのかと
なじる言葉を俺の上に投げつけるoldboy君がいた。

そう、四年もの間、学生とし通いながら、ただの一度も母を「京都見物」に

連れ出したこともない自分。
ましてや、卒業式にも「来るか?」の声ひとつかけていない。

そう言う事である、母の喜びそうなこと、なにひとつ、してあげた記憶が

ないことに、今更ながらに気がついたのである。

普段から、強がりを通す彼女、どれだけ寂しかったか、恥ずかしながら
今きが付く、バカ息子がここにいる。

そう「親不孝者」の自分に、今更ながら、初めて気が付いた、次第である。

もちろん、彼女、京都見物など、経験はないはず。

幼少のoldboy-elegy君の手を引き、西日本、アチコチを点々とし、糊口を
しのぐ
日々はあっても、それは旅行とはいわない。

              ★★2
彼が、小学校、入学の年齢になったのを機に、母は意を決して、父のいる
大阪へ、「押しかけ女房」ならず「押しかけお妾」として「来阪」したので
ある。

f:id:oldboy-elegy:20200406001208j:plain



この時、oldboy-elegy君、こんな事情で小学校入学は通常の2,3か月遅れで
あった。
もちろん、彼、幼稚園なるものは知らない。


この辺の事は初期のブログにいろいろ書いてきた。

よければ目を通していただければ光栄である。

              ★★★3
ともかく、前掲のホンワカ京都記事を書いていた折、このような思いが突然、
去来した。
しかし、今日のような心情に陥る(おちいる)のは初めてのこと。

多分、先の記事、大学から「今出川」をそぞろ歩き、「賀茂川」から「葵橋・
あおいばし」「下賀茂神社」と京の緩やかな陽光を満喫する自分が、いかに
幸せ者であったかを感じていた事への真逆の「アンチ・シーン」が、苦労もの
の母を
突然、映し出させた原因と思う。

亡き母を、今、京都見物に連れ出すのは、現実には出来ぬこと、
それゆえ今から、架空の京都見物にお連れしょうと思ったが、これも
やめにした。
あまりに、取って付けた作り話、哀しすぎる。

あの時の俺が20才前後、母を47歳ほどに見立て、一泊2日の「京都

見物に連れ出したなら、どんな旅になるか、「ブログ記事にしょう」と
思い立つが
結果、余計に悔恨、哀しさがつのることに気がつく。

            ★★★★4
つまり、一度逃した人生の悔恨の一コマは、どうしょうもない時空の彼方に
流れ去り、
取り返すのは不可能なようである。

「亡き母と、架空の京都旅行」をとの、突然の閃きに、勢い込んでパソコン
の前に座ったものの、筆が進まなかった。

結局、自分の都合だけで話を作る行為に、「後ろめたさ」が募るのみと,
感じた
のが本当の所である。 

この「悔恨・無念」の想いはoldboy-elegyくんが、これからも背負い
続ける「業・ごう」
である方が、納得できることに、今日、いま気が付く。

この記事、はじめ少々長くなる思いがしたが結局、自分の本音をごまかす気が
して、このような短文になった。
今日は、このままUPするのが良いと思う。


               
                         でわ でわ 今日はこれにて 良い夢を

                了
                              oldboy-elegy
  
今日の記事、下のリンク記事を、思案中に、忽然と湧き上がったもの。
内容は対極の、自分ひとりのルンルン気分で終始していた。

もし良かったら、併せてお読みくだされば光栄である。

oldboy-elegy.hateblo.jp


oldboy-elegy (49) ソウル暮色 「韓国軍の日」、3軍(陸、海、空)の軍事パレードを観た、そこになぜか、小さなジョン・ウェイン?が軍用ジープでやって来た

             初めに

これまで、韓国物の記事、リライト分も含めて4記事ほどUPしてきた。
この一連の記事のこれまでの最後が、
2020・03・01投稿の「ソウル暮色 金課長のお宅に(お呼ばれ)の
はずが
・・・」である。

そう、課長奥さんの逆鱗(げきりん)に触れ、マヌケ男二人が、彼の
自宅の門前から追い
返され、そそくさとホテルに逃げ帰った時の話だ。

ある意味、この出来事も見ようによっては、韓国的なハプニングであったと
思う。

普通、日本人だったら、第三者(oldboy-elegy君)の面前でここまで、自分の
ダンナ
を罵倒はしないだろう。
ただ夫婦二人きりなれば、血の雨が降ることもあるとは思う。

内容は、韓国人夫婦のチワ喧嘩に巻き込まれた様子をコミカルに描いたもの

である。
韓国の床屋事情が招いた珍事件とも言える。

この記事、最下段にリンク記事として再掲しておく。
見ていただければ嬉しい。

今日の記事を読むのに、チョットした予備知識が必要なことがある。

それは「ジョン・ウェイン」と言うアメリカ人、知る人ぞ知る、往年の
名優?さんで、戦争映画にも「中堅の将軍」などの役柄で出演。

その折の乗り物が「軍用のジープ」で、倒したリアーの窓に行儀悪く
自分の長い両足乗せ、戦場を
走り回るさまを、oldboy君は連想する。

そこで、失礼ながら、ジョンさんにここで、チョットしたギミック的
役割で出て
貰ったのが真相である。
このシーンを念頭に置いて、読んでもらえば、理解してもらえると思う。
※ ギミック(gimmick) 英語で仕掛け、略を意味する。  


                 ★1
                        今日の話はここからである

ソウルは、今日この日は「国軍・コックンの日」で、大規模な陸・海・空、
3軍の軍事パレードが行われる日でもある

f:id:oldboy-elegy:20210726012550p:plain

上掲の旗が「韓国の国旗」である。
これを記憶だけで描くのは、oldboy君にとっては不可能である。
四隅の「遺伝子組み合わせ?染色体?」みたいな図柄を再現するだけでもう
無理なのは明白。
「あの四隅の文様」を卦(ケ)と言うらしい。
「当たるも八卦、当たらぬも八卦」の「卦」の「ケ」である。
四つともそれぞれに違う図柄である。
なにか大切な公式の場で、旗の左右か上下だかを、間違え掲揚したこと
あったらしい。

韓国人でも間違えるのだから、ここでは外国人であるoldboy君、
「むべなるかな」の思いが湧く、これのみ考えても日本人で良かったと
思う。

「その軍事パレードでジープに乗ったジョン・ウェインの雄姿を見た!??」


いったい何のこと?
まあ~読んでいただければ、チョットした笑いと共感が得られるものと
「勝ってに」
に思っている。

oldboy-elegy君の姿、この日、ソウル・ミョンドンのホテルのコーヒ・ショップ
で見ることができる。

時節は1970年代始めで、10月1日か10月15日のいずれかの日か断定は出来ぬ。
ただ、1974年8月に発生した、いわゆる「文世光・ブンセイコウ」事件はまだ
発生していない。
※文世光事件とは、 在日韓国人であった、文世光が、韓国大統領の奥さんを
暗殺
した事件のことを指す。

oldboy君、この事件の日も偶然、韓国出張の初日で、チョットした「スペクタ
クル」を感じさす1日を経験した事がある。
いずれ記事にするかもしれない。

あの友人の井野さんと連れ合い、この日は仕事そっちのけで、パレード見物の
予定である。


天候は、快晴で100メーター?道路の両脇はすでに多くの人で埋まっている。
道路は多分、鐘路(チョンノ)で、先は、現在のデモのメッカ「光化門広場」や
官庁街に通じている場所のはず。

そう今日は「国軍・コックンの日」で、韓国軍(陸・海・空 3軍の)合同の
大掛かりな
軍事パレードがここで行われることになっている。

oldboy-elegy君、およその情報はホテルで聴き及んでいる。
一人で行くのもいいが、こんなおり、連れ添って頂けるのが、同じホテル
に同宿する「井野さん」である。

f:id:oldboy-elegy:20191023184503j:plain



これまでの、ブログ記事中にも何度かご登場いただいたこともある。
「井野さん」とは特段、ビジネス上の付き合いがあると言うわけでもない。
ただ、彼等、韓国人の民族的習性や思考パターンなど、日本人とは異なる
特性など、折に降れ、教えてもらっている。

人は彼のこと、「ソウルゴロ」とか「一匹オオカミの井野」とか悪しざまに
言う人は多い。
がしかしoldboy君、なぜか仲が良い、いわゆる「馬が合う」と言うのだろう。

ウオーカーヒルシェラトンホテルのカジノも何度かお誘いいただいた。

もちろん、そんなに大金とは言わないまでも、チョットした遊戯代持ちで
ある。

まれに、手持ちのお金が倍ほどになったこともある。
そんな折に、掛け金ように頂いた、お金を反そうとするが、受け取ってもらえ
ない。
「そんならホテルに帰ったら、サンドイッチとコーヒ奢って」と仰るのが
せいぜいである。

ゲームも誰でもが参加できる簡単なルーレットかバカラが精一杯で、ポーカー
ように人の間に埋まり、おこなうゲームなどムリ、むり。

つい先日、今日の、この日の「軍事パレード見物、付き添ってもらえません?」
とお願いしたら、二つ返事で「いいよ」と快諾。

oldboy君、自分が興味ある事には、仕事より優先するのが常である。

そんなわけで、今、パレード進行方向の道路右側の群衆の中に二人してまぎれ
込んでいる。

やがて、特別のマエブレもなしに、緩くカーブした広い道路の向こうに、
たくさんの旗と軍旗や国旗が見えてきて、こちらにやってくる。
始めの内は、行進曲などの鳴り物が耳に入らず、なにか、もの足りなさを感
じたが、ここに来て、拡声器による行進曲や軍靴による、歩調の調子、群衆の
歓声も加わり一気にヒートアップ。

やや足を蹴上げた歩調と様々な軍旗の波が何百と眼前を通過していく。

次に、4台のジープが登場、カラーリングは白だったかグリーンの迷彩だった
かは憶えにない。
先頭に一台、そのあとに3台が横一列になりこちらにやってくる。
ジープは全て屋根無し、両方のドアー無し、前面のリアーウインドウも折り

たたんだ状態の完全な軍隊仕様である。

きっと、前1台が3軍の将で、後ろに続く3台のジープには陸・海・空 の将が
乗っているのだろう。 

気にして欲しいのは先頭の車両である。



                ★★2
         さて、ここからが今日の本題である

    ここソウルで、ジープに乗った、ジョンウェインを見た、になる

読者諸氏のうち、ある程度以上の年齢のお人はご存じで、若いお人達では、
ご存じのかたは
皆無とは言わぬまでも、少数派と推測するがどうだろう。

かれジョン・ウェインアメリカの伝説的俳優で、戦前に作られた
「幌馬車」や戦後のThe longest day」和名「史上最大の作戦」にも出演
して
いる。
いわゆる、当時のアメリカを代表する「国民的」俳優でもある。

あー、それに身長は190センチ越えの大男、、おまけにレイシストであったこと
でも有名、自身にとり都合の良い時代に生きた、なにも考えない、典型的
アメリカ人だったのかも知れない。
ある意味「バカさ加減が丁度いい」おっさんだった、と言う人もいる。

以上は、およそoldboy君が持つこの人へのイメージである。
もしファンの方がおられたらゴメン。

さあそこで、眼前を通り過ぎようとする「将軍たち」、中でも4台の先頭を
行く3軍の長である人を見て、oldboy-ekegy君「なんじゃあれわ!」、
同じく井野さんも「oldboy君、あいつの態度みた?!」とあきれ顔。

ジープには天井もサイドドアーも付いてない戦闘用仕様のもので、こちらから見
ても車内は丸見えなのだ
本人以外に運転手と、後ろのシートには副官?、二人が威儀を正して座している。


この将軍?
まず右手に指揮き棒をもち、体は思い切り深く、背もたれに寄り掛かり、その足
の行方が、なんとなんと、想像できます?

そう、、軍靴をはいた両足は交錯したまま、折りたたんだリアウインドウの上に
デンと置かれているのです。

身長がジョンウェインや大谷(野球の)さんのように190センチ越えもある
偉丈夫(いじょうふ)なわけでもなし、
※偉丈夫 体が大きく、たくましい さま

ただただ天を仰いで、無様に座っておいでになっているのです。

ここで何故かジョン・ウエインが、映画「史上最大の作戦」で小さな
ジープに
無理やり納まり、戦場を走り回るようすが、突然、眼前の景色に
重なった、
oldboy君がいたのです。

すなわち今日のお題の


「ここソウルでジープに乗った、ジョン・ウェインを見た」
となった次第である。

まことに申し訳ない話で、ごめんなさい。

雄姿というより、マンガチックで滑稽ですらあった「ジープに乗った将軍様
の印象が強く、oldboy君が長くこの残像を引きずっていたのが、今日のこの
記事にあいなった次第である。

けっしてこの人の部下として、戦場には出たくはない、とも思ったのも、本音
である。

f:id:oldboy-elegy:20210726012514p:plain

                ★★★3
    沿道の群衆の中から、花を抱えた娘たちが飛び出し、行進する

      恋人たちの首にそれを預け、抱擁、キスする姿もあった。

このパレードで気になったことがもう一つ。

短機関銃やライフル抱えた兵隊さんが次から次に登場するたびに、
群衆の人込みから花のレイ・やブーケを抱えた娘たちが沿道から飛び
出し、若い兵隊達の首にかけ、抱擁、キスする
姿も見られた。
※oldboy君、レイとブーケの違いを知らない。

もちろん、oldboy-elegy君、日本で「軍事パレード」なるものは見た
事はない。
そのためか、眼前の光景は、単にアメリカナイズ、映画ナイズされた
アトラクションの一場面として強く記憶に残っている。

なぜか行進の隊列には、機械化された、近代兵器もあったはず、しかし
その類の記憶はない。


ただ数機のヘリコプターが地上にロープを下ろし、それをつたい、
フロッグマンが降下する画像はなぜか唯一、残影としてある。
※ フロッグマンとは 水中、海中で作戦に参加する兵隊のことで、
フロッグとはもちろん、カエルの英語名である。 
by oldboy-elegy  

               あとがき
この時分のピョンヤン放送(北朝鮮の国営放送局)深夜になれば、暗号の乱数
読み上げの
女性の声が、戒厳令下の漆黒の夜空に流れる。

ソウルには常時数千の北からスパイが入り込み活動しているらしい。
これらはラジオ放送を通じての暗号指令であるとのこと。
ある意味不気味でもある。

改めて、この国が、準戦時体制にあり、戒厳令下であることを思い起こす
日でもあった。


先週、左手、上腕部にコロナワクチン1回めの注射をした、触れば少し
痛みを感じるが、おおむね大禍なくすみそうだ。

それでは、今日もこのへんで でわ でわ


                    了
                                 oldboy-elegy

 下のリンク記事がソウルもの、前回のものである。
目の前で、壮絶な夫婦喧嘩、「お呼ばれ」も中止、二人してホテルにソ
ソソクサと帰る。
その原因が「この地の床屋が、原因」
日本ではおよそ聞いたことがない!!??

マア~「ところ変われば品替わる」ぐらいの軽い気持ちで読んで欲しい。

oldboy-elegy.hateblo.jp

 

oldboy-elegy (48)マージャンと下宿事情・あわせて当時の鴨川と賀茂川、葵橋(あおいばし)付近を脳内散歩してみた

                       

f:id:oldboy-elegy:20210817121828p:plain



                 ★1
       oldboy-elegy君とマージャン・そして、あれやこれや


今日のタイトルは、麻雀(マージャン)を取り上げてみた。
たぶん、彼のブログ記事としては初めてのこと、のはず。

当時(半世紀以上前のこと)学生のする最も一般的なゲームで、同時に
賭博性(とばくせい)の強いものでもあった。

oldboyくん、特別、忌避(きひ)してたわけでもない。
※忌避 きらって避けること。 いやがること

高校のころ、近所にこのゲームに入れ込んだ友人がいた。
ある時、実物のマージャン牌を提げて我が家へ来たことがある

実際の牌(パイまたわハイ)を前にして、教えてもらうがoldboy君
には複雑すぎて
チンプンカンプン。

メンバーは4人ないし3人、基本のルールはもちろん存在するが、その場
ローカルルールは数知れず、所詮、賭博(金品のやり取り)性の強い
ゲームである。

考えてもごらん、金品も懸けずに、1時間も2時間も費やし、その結果が
「ハイ、お前の勝ち、パチパチ、おめでとうさん」で済ませるはずも
ない。
ならば、「ヒチ並べ」や「坊主めくり」のほうが気が利いてる。

上がりの「役の、はば」が千点から「数万点まで」と、「ウスラボケ」
のoldboy君には難儀なシロモノである。

だがその牌の美しさには何故か心に残った。

思ったことは、こんなゲームに嵌(はま)ったなら、人間の一生が二生も
三生も必要になる性質のものである、と言うこと。

なんども言うが、理解できたのは、ひとえにこのゲーム、賭博性・中毒性の
高いもの
だと言うことであった。


幸いと言うのか、無事と言うのか?oldboy君、京都の私学に合格、その時の
母の言質(げんち)はこうである。

oldboy-elegy (33)からの引用
「学費は出す、部屋代を出せとまでは言わぬ、家での食費はタダ、
ただし
オカズに文句をゆうな、こんな好条件どこにある」、と我が
敬愛する母上の
言である。」
引用終わり


しかし言い換えればそれ以外の費用は一切出さないとのご宣託でもあった。

大学までの交通費やその他遊興費は自分持ち、即ち稼がねばならぬ身で
あった。

幸運なことに、同じ高校の先輩が、このたび大学を卒業、就職される
のを機に、是非oldboy君をと、「塾の先生」の後釜に推薦いただいて
いる。

高校の卒業式を終え次第、お世話になることが決まっていた。

と言う訳で、自分の大学生活は、いくら文系の学生とは言え、京都までの
通学時間(往復、約4時間)も含めると、そうそう時間的余裕はないこと
になる。

つまり、このゲーム、もちろん物理的(金銭的、時間的)にも嵌るには
oldboy君には条件が悪すぎる。
ただ、全てに流されよい彼のこと、心理面から見れば、危ない危ない。


授業の1講時は9時からで、週に何度かは、我が家を朝7時前には出る
必要があった。
なまけものoldboyくんにはつらい現実である。

とうてい麻雀(マージャン)などやっている暇などない。

塾での時間は、塾長と相談の上、日曜をも含めた金、土、日に集中して
授業
を組んでいただいた。
最悪、どうしても時間的に無理な場合は、なるべく早い申告で、乗り切る
ことになっている。
 
こうすることで、週の前半で、塾のある地元に帰らずとも、京都泊も
可能に
なる。
往復4時間の通学時間も必要なくなる道理である。


もっと言えば、京都での滞在時間も大幅に増え、友人達との関わりも深く
なり、
卒業単位(?)の取得も楽になる、「一石二鳥」も「三鳥」にもなる、
はず。


さあここで、問題は京都での宿泊場所である。

そこでお願いしたのが、友人たちの、下宿である。
二回生の終わりごろには、お願い出来る友も10人近くになっていたはず。

誓って言うが、意識してそうなったわけでもない。


              ★★2
    その折、宿泊代代わりの手土産(てみやげ)に
       差し入れていたのが「たばこ」であった。

f:id:oldboy-elegy:20210306083505j:plain

上掲のたばこの絵は、当時の高級品「ハイライト20P」である。
画像はoldboyくん、お手製のヘタクソなもので、ごめんなさい。

本来なら、ここに「しんせい」なる「両切りタバコ」の画像を掲載すべき
だが、書くのがめんどうで、いつぞやのブログ記事で使った画像を使い
まわした。

ブログを書き始めたoldboy君、2年過ぎて、少々横着(おうちゃく)に
なった感がある。

そのおり下宿住(ずみ)の友人に感謝の印と、渡していたタバコが、上掲の
「ハイライト」
ではなく「しんせい」なる銘柄のもの、一箱である。

それでも、アルバイト料、入金時などには時折、「ハイライト」に格上げ
されることもあった。

タバコ好きの母の愛用銘柄もこれ「しんせい」であった。

あまり自信はないが、「しんせい」、上掲の「ハイライト」に比べると、
およそ
半額程度のものであったと思う。

              ★★★3
     下宿生活とマージャンと葵橋(あおいばし)付近

京都、出町柳付近で北から流れ込む二筋の河川が合流して南にむかう、
ここからがあの有名な鴨川の起点になる。

合流までの二本の川はそれぞれ、川下(かわしも)に向かって、左が
高野川、右が
賀茂川となっている。 

鴨川と賀茂川」は聞く分には同じだが、字が違う、ややこしいことこの上
ない。


このうち、この分岐点から少し上流の「賀茂川」にかかる「葵橋・あおい
ばし」一帯は、
多くの下宿生が住まう、人気スポットでもあった。

不思議な事に、この一帯、何故か「観光客」」と思われる人達、「皆無」
と言
わないまでも影が薄い。

今で言う、1K、1DKのアパートや集合中層住宅は殆んどない。
下宿形態は、「普通民家の部屋貸し」が中心であった。
そのためか、追っつけ、2階部屋が多かったと記憶している。

面白いのは、二階は二階でも、蔵(くら)の二階に巣食うヤツもいた。
黒光りする板床(いたゆか)に、なんとタタミ8枚を敷き詰め 大威張りで悦に
入っていた。
それも京間(きょうま)の8枚ゆえ、運動会でも出来そうな広さである。
ただし、酔っ払ってご帰還の折など、蔵の立派な開き戸には閉口していた。
そう、そのあまりの重さに!!。

神社・仏閣も多く、その間にある民家も、昔ながらの京風を感じる緩
(ゆるやか)かな雰囲気の土地
がらでもある。

f:id:oldboy-elegy:20210822085106p:plain



西から、葵橋(あおいばし)を東に渡れば、「流鏑馬神事 ・やぶさめしんじ」
で有名な下賀茂神社(しもがも)、そう遠くはない。

なにより、この付近には多くの大学があり、「学生の街。京都」でもとくに
「学生の密度」が高い地域とされている。

当時、無作為に10人の成人をピックアップすれば、必ず一人や二人は学生
であると言われた。
京都市中でも、ひときわ、その傾向が顕著な地域でもあった。

そう遠くない場所に「京都大学」「同志社大学」「京都府立大学
立命館大学」など、女子大、短大を含めると約20校近くがある。
少々、無理すれば、全て徒歩圏内である。


oldboy-elegyくん、今日は友人の下宿に宿泊予定である。
大阪に帰る必要もない、彼にとっては至福の時間とも言える。


学食で夕食をすませ、市電に乗らず、ブラブラ徒歩で友人Kの下宿に向かう。

                       ★★★★4
            友人Kの下宿

チョットした低い石垣に囲まれた2階屋である、階段をあがると、すぐに
板張り、
飴色の廊下がはしり、長いガラス戸の反対側に沿って二間がならん
でいる。


手前が彼(K)と同学、同郷、同窓Sの部屋で、まだ留守のようである。
Kに誘われるままに彼の部屋に上がる。

カーテンを開けると、部屋が西向きのせいか、夕刻の日ざしではあるが、
心洗われる解放感に包まれる。


その景色の中に、臨家の板塀に沿うように、夏ミカンの木が一本実を
つけ
ている。

Kが言うには、「食べごろになれば、夏ミカンの差し入れが臨家から
届く
らしい」
裏庭ごしの、臨家の奥さんが言うには、「手を伸ばせば届くのに、
くやし
かろうと、思って・・」
と言うのが、お裾分けの理由だとか、いかにも京都らしい話である。

今日のマージャン、メンバーは、友人のK君と隣部屋の同郷のSそれに
アルバイトから帰ってくる、臨家の下宿生、他大学生の四人である。

ルールは大いに簡素化されたローカル・ルールで、審判も彼(燐家の
学生)が務める。

マージャン台はコタツやぐらの天台の上に消音のため毛布を敷く。
だれも極端に大声
をあげたり、興奮のあまり、パイを叩きつける者も、
ここにはいない。


およそ、博打場の雰囲気とは程遠く、むしろ斎場に近い?かも。

もう一つ、ギャンブルに必須で、これが無いと、面白みがないものが
ある。

それがないと博打場とは言わない、「なにだろう?」

そう読者諸氏の思いも同じ、「掛金」の設定である。

「ジャジャ~ン」今日の掛金はこれ「タバコ」である。

参加費は一回、一場に尽き5本だ、銘柄は無視、ピース・ハイライト・新生・
ゴールデンバッド、なんでもOKである。
合計20本集まる勘定である。
これを、順位別に取り合うのである。

たったこれだけでも、賭けるネタがあるだけで、場は「修羅場」となり、
血みどろ
の戦いになる。

明日は一講時めからの講義である、夜中ももう大分に過ぎた。

         お開きにする。 でわ でわ  

                了

               oldboy- elegy

oldboy-elegy.hateblo.jp


(雑感・雑記帳 N0.40)俺のノートパソコン・バグ、エラーの類ではなく、これは故障だ!!。だってシステム自体が使えない状態・「ご臨終」かも!!

 

f:id:oldboy-elegy:20210809045823p:plain

 

 


                 ★1
こんどの、このパソコンの不都合(故障)、ヒョットしたら俺を
この世に残し、先に、ご臨終かもしれない、となぜか「弱気の虫」
が、全身を包む感覚に嵌(はま)った。


なぜにこんな気持ちになるのかは、それなりの「理由と原因」がある。

今年、2021・03・12 投稿記事
(雑感・雑記帳 No.30) プロバイダOCNさんの有料・リモート対応・
プレミアムサポートに感謝・・・・」
でパソコンに重篤な「不都合が」発生した時の様子を記事化したことが
あった。
※ (雑感・雑記帳 No.30 )の記事は今日の記事の最下段にリンク記事
として、貼りつけておく、目を通してもらえば嬉しい。

その時の病気とは、プラウザに上げたアイコンの内、何故かグーグルのみが、
無反応で、インターネットに繋がらないのである

最終的に、いつもお助けいただいている「有料の、OCNリモート・ダイレクト
通信」にて、修復していただいたことがある。
その時は、マウスをお渡し(リモート)して、1時間を超える作業の末、無事
回復した。

oldboy君、その折、これだけの大手術にも関わらず、なぜか、今日のような、
弱きな気持ちになることは無かった。
たんに、「バグ・エラー」の少々きつめの「不都合」ぐらいの心持で「死ぬの
生きる」等の悲壮感はなかった。


その時の不都合は、難儀ではあったが基本、グーグル以外のアイコンや
お気に入り・ブックマークアプリなど無傷でネットで繋がっていた。

ましてや、(OCNリモート対応、プレミアムサポート)も無傷で、その
リモート設定用のアイコンが否(いや)が応でもoldboy君に安心感を与
えている。


すなわち、oldboy君にとっての「お助けマン」が、すぐ脇におられる、
みたいな感覚になっていた。

年配者が苦手にしているのが「自動音声ガイド」である、
OCNのそれは、もちろん、正真正銘の「肉声による対応」である。

とどのつまり、ネットさえ繋がっておれば、「なんとかしてもらえる」の

安心感が、なんとしても大きい。

ついでに言えば、「OCNプレミアムサポート」の対応時間が「年中無休の
朝9時~夜21時」となっているのも嬉しい。
土曜、日曜、祭日も、モンモンとした気分にならずにすむ。

                ★★2

   さて、この度の不都合(システム故障)は、初めてのケースであった
   こと、
        この不都合の内容から、まず「ご臨終」かなと勝手に思いこんだのが
   oldboy君である

それでは、このたびのPCの故障の様子を順を追って書いてみる。

遅い時間の朝食を済まし、読者さんからのスターやブックマークを
チェック後、読者記事閲覧、スター添付やブックマークの書き込み
はいつものルーティンである。

①当然、PCの起動ボタンを押す。oldboy君は基本、スリープからの起動
である。
シャットダウンからではない。
いつもなら起動5~10秒経つと、このPCのパスワードを記述する小さな窓
が出てきて、そこにパスワードを記入すれば、2~3秒で完了、すぐに作業が
可能になる。


しかしこれが、いつもと違った。
スリープ状態のPCに起動ボタン押すと、濃いブルーの画面が出現、真ん
中に
白枠の窓が現れ「IPアドレスを検知出来ませんでした」的な文言が
出現、初めての
ケースである。

②oldboy君当然「なんじゃこりゃ」となる。
数秒のちには、この文字も消え、残ったのはブルーの画面のみ。

ネットどころか、内部情報、すべてにアクセスが不能状態。

あの「神様、仏様」の「OCNプレミアムサービス」のアイコンも何処かに
お隠れ。

唯一の希望の星、「プレミアムサポート」にNETで連絡ができない。
電話は別途繋がってはいるが。

もし、「OCNサポート」に「全画面ブルー」のこの状態でリモート権を
わたしたとしても「
手がかり・足がかり」になるものもゼロである。
カーソルを充てる場所すらない。
いかにOCNさんでも、手の施(ほどこ)しようがないはず。

パソコンの何かの動作のきっかけが全くつかず、oldboyくん、この一面ブルー
の画面を見て、「ひゃーなんじゃこりゃ~」の半泣き、半べそ状態である。

すなわち、機器がどこかで多少とも反応する箇所でもあれば、そこを突破口に
前進できると思うが。

あ、そうそう、反応するボタンが一つだけあった、画面を消す「シャット
ダウン・ボタン」のみである。
数度、試みたが、結果は同じ、今度は「IPアドレス、どうのこうの」の文字
も出ない。

現実は、水色の画面を見ているだけのoldboy君、もはや手段がなく、万策?
尽きた格好である。

つまるところ、上に書いたように、このoldboy君よりさきに、このPC氏
「ご臨終かも・・」との心境になってしまった、と言う訳である。



ここであの「OCNプレミアム・サポート」さんに相談しても、如何とも
しがたい
 状態であることは明らかである、と決めつける。

                 ★★★3
        「OCN プレミアム・サポート」に「臨終の告知」を
               受けるために電話をいれる。
       ただ、あの「IPアドレスの反応が・・・・」は忘れずに報告
              する必要があると思っている。

f:id:oldboy-elegy:20210222143931p:plain



ともかく、お世話になったOCNさんに「パソコン死亡宣告」を受けるのが
筋とは
思っている。

ぬるくなったコーヒーを入れ替え、気持ちを整えた後に電話連絡を入れる
ことにする。
いろいろのことがホケタ(ボケ)た頭を駆け巡る。

パソコンが無い事には耐えきれないが、ブログはどうしょう、
半年ぐらい前だったか、おなじ「OCNプレミアムサポート」でバックアップ
サービスを提案されたこともあるが、それもそのまま放置の状態。

1時間ほど間をあけOCNさんに電話を入れた。
すぐに担当が決まる、女性のかたである。

ただ一言「クモの糸ほど希望かも知れぬが、故障した時の画面に出て来た
IPアドレスの無反応」のことだけは言っておこうと決めていた。

一応、今日のシステム故障のこととIPアドレスの話を終えると即答で
「この事例、結構あるんですよ」との、なんとも清々しいお声、のご返答。


               ★★★★4

         これが、この重病人を回復する方法?!

そこで伝授いただいた修理方法がこれ、

f:id:oldboy-elegy:20210812011546p:plain



その方法がこれまた21世紀?に超相応しい、もので、これを聞いたoldboy-
elegy
くん、「やっぱり、だめか、水難事故での蘇生術、人口呼吸」よりずっと
ズット
確率が悪そうに思える作業である。

それでは、ここで彼女から教授された、修理方法をお披露目しょう。

①モデムかルーターか知らないが、あのA4ノートを縦に置いた位の大きさの
ボックス機器のグリーンの点滅ランプを確認。
②これに繋がっている、全てのコードを抜き取ること
③あとは20分~30分このまま放置
④最後に、コードを元の位置に接続して、いつも通りの手順で起動を
⑤ここで彼女、これで「システム復帰」できなければ、お電話ください、
との
言葉を残し、お別れ。

この方法で全ての、システムが「原状復帰」できると、oldboy君、にわかに
信ずることができない。

こうなれば、ついでに、すべての機器に繋がるコードや五穴コンセント、
コピー機などの大掃除を敢行。
ルーターの風通しをよくするための、ジャバラの間や接続コードなど、
ウエットティシュや綿棒で念入りに掃除してやる。

この重篤な病気が、こんな自然治癒療法で、良くなるはずはないと、思って
いる自分がいる。

PC修理とは、矢のような速さでキーを叩き、画面には多くのデーターが同時
に表示され動いているのが、らしいと言うもんである。
そのためか、なにやら、PC君の「死に装束を整えて」いる気持ちになってくる。


                  ★★★★★5

          して結果はどうなった?!

OCNの女性担当者は30分ほどと仰っていたが、oldboy君、大掃除を含めて
1時間以上を費やし、儀式然として、念入りにおこなった。

ルーターを含めると、10本近くの配線がある。
一本、一本、接続端子を祈るように丁寧に差し込んでゆく、すぐに完了。

ここで、軽く深呼吸をする。
そして人差し指で電源をいれる。
「南無八幡、大菩薩峠・なむはちまん・だいぼさつとうげ」と、信ずる神を
持たぬoldboy君、訳の解からぬ呪文をトナエル。

「れれれっ!・なんじゃこれは、さっきまでと違っている」
通常の、エクスプローラ―のデフォルト画像が現れたのである。
心臓がパックン、パックン
「頑張れ、次は、パスワードの記入用窓口出てこい!!」との言葉を胸の内
で吐く。

少しタイミングが遅かったようだが、無事、パスワード記入に成功した
ではないか。

そして、最後にこれもエクスプローラーの、いつものデフォルト画像が出現
なんとなんと、そこにはあの、恋焦がれていた、アイコンが並んでいる。

もちろん、最下段にカーソルを置くと、隠してあるウインドウズの、タスク
ラインが傷もなくもとのままお出まし。

oldboy-elegy君、思わず、こぶしを握り、低い声で「やったー」と
言ったはず。

PCに長(た)けた人なら、この彼の行状を見たなら、あほらしくも馬鹿
らしい図かもしれない。

しかし、世の中には、oldboy-elegyくんのようなPC音痴も少しはいな
さるはず。

きょうの記事は、そんな人達の共感を少しでも得たなら、すこぶる嬉しい。
前回同様、技術伝授のための記事ではない、

パソコン不如意の年寄りが、

「人もすなるパソコン遊びに今日も、あたふたと戯れたる図である」ぐらいの
のりで、その趣と心情の変化を楽しんで欲しいのを主旨とする記事である。

             ★★★★★★6
        oldboy-elegyくんの思う、今日の結論


なぜ、まじない程度の休憩で、システムが回復したのだろう?の疑問が残る。


「電子機器」はすべて、「多くの電子信号のやり取りの中にある、そして休み
無く働くうちに、必要のない電荷をため込み、そしてそれらが、時おりシステム
に「悪さ」
するのかもしれない。

oldboyくん、基本、このパソコンを持って外出することはない。
デスクトップとしての使用方法である。

今日の事を教訓として、憶えておこう。
そして年に数回、完全休憩の時間を与えようと思う。

このことは、oldboy-elegy君の勝手な思い込みと独断の為せる行為で
キチンとした「技術的根拠」を基にしたものではない。

もし、実行される吾人がおられるなら、自己責任の上でのこととして
いただきたい。


キチンとした、パソコンスキルを持たないoldboyくん、この手の記事は
心身ともに疲れる。
専門的な言葉の概念や名称の間違いは多々あるかも知れないが、お許しを。

      それでは、今宵もこれまで、お休みなさい


                了

                     oldboy-elegy  

下の過去記事も今回同様、パソコンスキルのなさを主旨にした記事である。
一読願えれば、嬉しい限りである。

oldboy-elegy.hateblo.jp



(雑感・雑記帳 N0.39)オリンピック 気になる事,  「なぬ、俺たち、段ボール(紙)のベッドで寝るのか!?」

 

f:id:oldboy-elegy:20210731023809p:plain

                  ★1

                 初めに

oldboy-elegy君、当初、今回のオリンピックについて、ブログ的には
「ダンマリ」でやり過ごそうと決めていた。
もちろん、コロナ禍、真っただ中の開催、人が集まれば、その人の数だけ
の考え、意見が100出(ひゃくしゅつ)するのは当然であり、誠に正常な世の
ありかたと思っている。


このoldboy-elegy君の拙い記事を見てくださっている方もチラホラおられる
のもこれまた現実である。

そこで彼のプラグマティック(実際的・直接的)な単純な思いに
「場当たりで、
適当な語彙」をつらね、さらにいつも使う「独断と偏見」
と言う、オブラートで
包み、今日の記事を書かしていただくことにした。


                 ★★2

            今日の主題はこれ一点である
        段ボール製ベッドについてのあれやこれやである

現状のところ、競技における日本の成績、すこぶるよさそうで何よりである。
こうなれば、彼、日本人選手の「一挙手、一投足」が気になり、後追いを始める。


とくに、水泳個人メドレー2冠の大橋さん、かっこが良すぎる、インタビューの
受け答えにも、日本人特有の悲壮感を感じないのが良い。

これに加えて、アメリカに渡り、あり得ない活躍をしている、野球の大谷さん、
も追っかけの対象である。
このへんが、「プラグマティック」で「場当たり的」で、「単純」「適当」な
ヤツと言われるユエンでもある。

                 ★★★3
      
       オリンピック・選手村のベッドは全て段ボール製、
            素材的には紙で作られいる

f:id:oldboy-elegy:20210731023712p:plain

上掲のイラストは「いらすとや」さんでお借りした、画像である。
キャプションも「段ボールベッド」となっている。
その先見にはいつも驚く。

ただオリンピック村のそれはデザイン性も良く、見た目も素晴らしい。
上掲の段ボールベッドは災害被災者用のものであるが、機能は同じベッドで
ある、

では、これらの段ボールを素材とした、いわば紙製のベッドが何故オリン
ピック
村で採用になったのか。

そのイキサツ、過程をoldboy-elegyがなにかの情報、記事で見知っていた
訳ではない。

木製・スプリング内臓の鉄パイプ製はこれまでの常識の範疇のベッドである。

ましてや、若くて、ガタイも大きく、100kg超えの選手もたくさんいる
はずの
選手村のベッドに、イメージ的に真逆の耐久性や衝撃に脆弱な素材
(段ボール)
ゆうならば、基本「紙」を使ったのだろうか。

● 単に、ベッド製作の費用の節約?
● またオリンピック・パラリンピック終了後の処分が簡単(焼却)
● コロナ禍のご時世、焼却処分は理にかなっている。

これらの、ためだけで、段ボール(紙製)を素材として使用したのだろうか?

ただ、紙を加工しただけの段ボールや紙管などの、ここ数十年の発達の歴史が
運送のためだけのパック材(入れ物・包装)に止まらず、建築物や構造物に
必要な強度や耐久性をも併せ持つ構造材としての大きな進化が関与したことに
よると
思っている。

ここである、お方に登場いただく。
段ボール・紙管の「神様」、「伴茂・バンシゲル」さんである。


               ★★★★4

        建築界のノーベル賞と言われる「ブリッカー賞」
        日本人最初の受賞者が「丹下健三」さんである
      爾来丹下さんを含めて8人に上る日本人建築家がこの賞に輝く

上記の8人の内、7人目の「ブリッカー賞」受賞者が、今日のメインストリーム
おかた、「伴茂・バンシゲル」さんである。

          
言ってみれば、この方が元祖的お人で、その段ボールと紙管の研究と思潮と
実践に多大の貢献をされたのである。
そしてこのことに対する賞が「ブリッカー賞」であった。
御存じのお方も多いと思う。

2011年2月、ニュージランド・カンタベリー地方で大地震が発生、日本人も含む
大勢
の人が亡くなった。
この時、クライスチャーチ市の教会も倒壊、再建のおり、伴氏の段ボール・
紙管を
構造材とした建物が建てられた。

もちろん、建築基準の各種強度(ドイツの法令順守の形で)は守られたもので
あることは当然のこと
である。

この教会、いまでも土地の名物教会として有名である。
ちかじか、今日、明日のと言うのではないが、恒久型の教会に立ち替わる
らしい。
ニュージランドのこの教会、「紙の教会」は建築後10年になる、その強靭
さには驚く。



もう一つ、1995年の「阪神淡路大震災」で倒壊、焼失後、再建されたのが
「神戸市たかとり教会」である。
ニュージランド同様の
工法で建てられた、この「紙の教会」は「台湾・
台中」に移築されるらしい。

f:id:oldboy-elegy:20210731023628p:plain

伴茂・バンシゲルさんの考える建築物はこれら、単発の建築・構造物だけに
留まらず、地域全体を包含し、災害・津波・紛争地の難民居住センターなど、
大きな面(フィールド)をも視野に入れ、この工法(紙管・段ボール・コンテナ
など)を根幹に置き、進化してきた。


実活動として、ハイチ地震後の大津波災害、ルアンダにおける「難民のた
めの
シェルター設営・国連難民高等弁務官YNHCR」「2005年のスリランカ
の復興住宅」エトセトラ・・とその活動域は広がっている。


彼の建築物・構築物はその性質上「弱者のための建築」とも言われる。
              
                    ★★★★★5
          段ボール・紙管の夢は広がる

つい何年か前、日本人で初めての賞、マザー・テレサ社会正義賞」
伴茂さん、受けられたそうだ。
もちろん、彼のこれまでの活動と思潮に対してのものである。

                   
夢は広がり、アジアのどこかに、長い滑走路と港湾を近くに持ち、種々の
災害
や紛争地住民に備えた救済のための巨大なロジェステックセンター
(物流基地)を造る夢を「バンシゲル」さん、お持ちのようである。

oldboy-elegy君、このさき、このようなものがデキタなら、日本人として、

誇り高く、痛快な事であろう。と思っている。

そんな可能性を秘めた、希望の構造物の先見物が「段ボールと紙管のベッド」

である。

そんなことを知れば、あの韓国の重量挙げの選手が、自分のベッド脇を
めくり、
破ったか破れたかは知らないが、誇らしそうに自分の画像も含めて、
SNSに流し、なにかに
カチ誇った様子は余りに情けなく滑稽ものに見えてしまう。

同時に、日本側の対応も、何故かいつもダンマリで、情けない。
oldboy君のぼんくら頭でも、このようなことが起こるのは十分に予見できた
と思っている。

これに関しては、当初より、この意義と目的を簡潔にまとめ、入村時、責任者に
アピールしておくべきであった、と思う。

ダンマリはダメ、初めから悪意を持つものには、とくにそうだ。

その意図が明確になれば、かえって、出る幕もなくなり、いさかいも無くなる。
あの韓国の重量挙げの選手のような、バカを再生産しなくて済むかもしれない。


      ちょっと、気負って書いたのか、胸がバクバクしている。
          今日は、これにて でわ でわ

                 了
             

              oldboy-elegy

   

oldboy-elegy.hateblo.jp



(雑感・雑記帳 N0.38)視野狭小なアナウンサー氏の「トッチャン・ボーイ」ぶりをoldboy-elegy君的に語ってみた

f:id:oldboy-elegy:20190826111124j:plain

          
上掲のアナウンサー氏が、oldboy-elegy君が遭遇した,いわゆる、
トッチャン・ボーイ
父ちゃん坊や)である。
どう見ても、子供ではない、おっさんではあるところがみそ。



                ★1
           トッチャンボーイ!?」

               あるいは      
             父ちゃん坊や



 この記事を書こうと思った、そもそもの動機はこのアナウンサー氏の
存在があったからである。

この放送局、戦後、関西では一番の老舗(しにせ)民放放送局で、同時に
人気局でもあったはずである。

この局の人気アナでもあった、この人の事を、oldboy-elegy君のムネウチ
では「トッチャンボーイ」なアナウンサーとして、いまだに記憶している。

随分昔のことでもあるが、今でも、「〇✖アナ」と物忘れの激しい、
ウスノロ頭でも、何故かキチンと記憶にある。

そう、今日のこの話、良い意味でのものではない。
とっくの昔にこのアナウンサー氏,退職されているはずだが、ここでは
〇✖アナとしておく。


歳を取ると、つい先日のことだと思ったことも、改めてメモをとり、指折り
勘定すれば、10年・20年もの昔の出来事だった、と言う事が、ままある。

まず、「トッチャンボーイ」とはなんぞや、これから説明する。

普通に表記すれば「父ちゃん坊や」となるらしいが、
oldboy君の指の記憶に従うなら、何故か文字は「トッチャンボーイ」となる。
意味するところは同じようなものだ。

検索をしてみると、それなりにスレがたつ。
しかし読めば、それぞれ、微妙にニュアンスが違っている。
これなら元々、oldboy君の感じたまま、説明するのが良作だと考えた。

つまり、「見た目、風体(ふうてい)はエエオッサンではあるが、ここ
ラジオ
番組で喋ったことが、世間知らずの極みの上に、あろうことか最後
までその事に
本人(アナウンサー氏)気が付かぬまま、(子供のようなこと)
をやらかしてしまった御仁」としてoldboy君、いまだに忘れられずにいる。


番組終了の後、誰かに指摘され、「ごめんなさい」の言葉があったのかどうか
は知らない。
そしてoldboy-elegy君の今日までの「いく星霜」?、恨みを晴らそう、いや
違った、「心をクリアー」にしたく思いたち,記事にした。

 
                ★★2
    〇✖アナのやらかしたことに、oldboy君、今もって気分が良くない。

f:id:oldboy-elegy:20200917135810p:plain

(チョット旧式のラジオで申し訳ない)


ちょうどこの日、彼(アナウンサー氏)の担当番組の周年記念か何かの記念日
で、小物を詰め合わせたノベルティグッズを作り、希望するリスナー(listener・
聴取者)さんに、抽選のうえ進呈する企画の発表日であったことのようだ。

応募葉書から、毎日数名ずつ選び、発表するのである。
oldboy-elegy君、ただただ通りすがりの「リスナー?」であり、もちろん、
景品欲しさに応募したわけでもない。
大阪府・○○市の山田春子さん」など当選者を読み上げてゆく。

ところがある当選者の方、「もし抽選、当選したおりは匿名でお願いします」
の要望が
添えられていたのである。
,
普通なら、「○○県✖✖市の匿名希望の方」か、単に「匿名のかた」と発表する
のが精一杯のところ。
ところがこのアナウンサー氏、あろう事か、名前は伏せたが名字は発表した
のである。
とうぜん、県名、市名は、発表してのこと。

そう、自身で「匿名希望」と読み、知りながらの言動である。

「次のこの方、匿名希望ですが、せっかくの良い事、地域と名字だけでも、
お知らせ、
しときますね」と、およそこんな調子で、なんの疑念も挟まず、
シャーシャー
と発表。

特段、珍しい名前でもないからと、自己判断しての発表かどうか分かり
ません。
この場合、普通、要望の通り「匿名希望」とだけアナウンスするのが、
賢明な方法だと思うのだが、どうだろう。

f:id:oldboy-elegy:20200406001208j:plain

配偶者・パートナーからのDV((ドメスティック・バイオレンス)による暴力
から逃走中の親子

 

             ★★★3
    「匿名を希望」するのは、その人、個人がもつ、他人が
        伺い知らぬ、社会性が隠されている場合も多々ある


匿名を希望されるにはその方、特段の理由があったのかもしれません。
● 単に恥ずかしくて姓名を伏せたかった
● DV等の被害から、緊急避難中
● 接近禁止の命令が家裁から発動中
● 金銭問題。
など、いろいろの事が、考えられのが現代社会の在り様です

リスナーを巻き込んでの企画進行が、主旨の番組なら、あらかじめ約束ごと
として、ラジオ局はもとよりスタッフ全ての関係者が共有すべき基本がある
はず。

この局アナ氏、この匿名希望のかたに、なにか重篤な理由があった場合のこと
などには全くの無関心のご様子。

このあたりが、「ボーイ」たる由縁で、自分の事しか見えない、未成熟な
「トッチャン」であることを伺わせる。

そんなに心配なら、このリスナーさん「応募しなきゃいいのに」と考える人も
居られる思うが、そこはそれ、自分の楽しい事での、社会との繋がりを放棄
するのは、oldboy君、賢明とは思わない。


どう言う事情にしろ、一番は「このアナウンサー氏」が、自分の大事な
放送
番組のみに気をとられ、社会的視野が狭小に(トッチャンボーイ)
なった
ことで、大人の対応ができなかったことが、一番の問題点だと思う。

ここ2年ほど、oldboy-elegy君、ブログ記事を書くことに、勤(いそ)しみ、
楽しんでいる身である。

そこで、一番、神経を使い、注意することが、今日の記事の事例のような、
我田引水・唯我独尊的、な心象に陥らないことだと思っている。

この辺の心配り、本当に難しいのだが、最低、登場する人の特定に至る表現
には慎重にゆきたい、と改めて自戒する日々である。

               

   今日は何故か、日付が変わる前に、瞼が重くなったようである。
               でわ でわ
              
                 了

                     oldboy-elegy 

oldboy-elegy.hateblo.jp



oldboy-elegy (47)スワッ!!、この家の自由猫クロ、命にかかわる重大事。これを救ったのが母だった

               ★1
              はじめに  

この記事、おっかなビックリで立ち上げたブログ四か月目のものである。
つい先日、なにげに目にとまり、覗いて見ると、今日までの2年数か月の
間のお客さん、なんとなんと、二人の方がそれぞれ4個ずつ計8個の
スター
を置いてくださったのが全てであった。


これでは、母と黒猫の(クロ)に申し訳がたたず、簡単な,リライトの上、
新記事として再掲さしていただいたのが今日の主旨である。



f:id:oldboy-elegy:20210709034615p:plain

              ★★2
   母と黒猫、クロとの出会いの場は家のカマド脇だった
          
 上掲のイラスト画像は、見ての通り「かまど」である。
ただしoldboy-elegy君のいるこの家では「おくどさん」とか「おくどはん
と呼んでいた。

床は土で、部屋は結構広く、土間(土でできた床)で台所として使用されて
いた。
外から玄関に飛び込むと、すぐ右脇の部屋がここにあたる。

うちの(母)の自由猫、クロは この「かまど」の右端の奥で「ミヤオ~」
と泣くところを、母に発見されたのが、そもそもの(なれそめ)である。

f:id:oldboy-elegy:20210709042418j:plain


出会いからこうでは、当然、飼い猫とも言えず、母も俺も「自由猫」なる
称号を与え、勝手きままに我が家を出入りしていなさった。

彼(クロ)の久々の帰還のおりなど、母は、先ほどまでのヤキモキ感は
どこえやら、それこそ「猫なで声」でお出迎え、足を雑巾で嬉々として、
お拭きになっている。

今日の夕食は我が家で、母と妹の間の特等席が待っているはず。
どこぞに、本妻のいる本宅でもあるのか、母としては気にかかるところだ。

               ★★★3

      「クロ」の一大事と餅つき大会と,かき餅つくり

母がクロと、土間のカマド脇で出会ってから1年待たずしてあのチョットした
事件がおきたのである。

チョットなどと母に聞こえたならきっとお怒りなさるだろう。
それ故、亡き母に敬意を表し「あの大事件」と訂正することにする。

その大事件は正月明けの1月の中頃のことと記憶している。

何故、そんな事、憶えているのかって?

それはクロの倒れた廊下の天井に干された色とりどりのカキ餅がズラリ
とぶら下がっていたのを鮮やかに思いだす、ためである。
このカキモチ干しが毎年のこの時期に行われるチョットした行事であった。


かき餅にはゴマ、黒豆、エビ、大豆塩豆、あおのり等、色々の風味(フレー
バー・Flavor)のものがある。

年末の吉日晴天の日に近所、向こう三軒両隣が集まり、餅つき大会が行われ
ていた。
晴天の日と限定しているのは、どこの家も屋根のある下で餅をつくほどの
広さも高さもないので、公道を利用しての作業となる。
もちろん、前掲イラストの「かまど」も、この日は大車輪(だいしゃりん)の
活躍である。


              ★★★★4

    そんな満艦飾の廊下のかき餅の下を歩くクロの足取りがおかしい。

f:id:oldboy-elegy:20200122232230j:plain



足より先に前に体が出る、右に左にユラーリ、ユラーリの酩酊歩行。
そのまま板張りの冷たい廊下までヤットコ歩きドターとその場に倒れこむ。

これを見た母、すぐに彼の異変に気が付く。

f:id:oldboy-elegy:20210709153453p:plain


父がこしらえたタドンか豆炭かのやぐらコタツからお出まししたばかりである。

「あんた!!」もちろんoldboy君のことで、「桶に水張って、手ぬぐいある
だけすぐ持って来て」と言うなり自分もすぐに立ち上がり、ドドドと下駄も
履かずに土間のカマド脇に常備してある大うちわを。

 母、とってかえすなり、冷たい板張りに寝かしたまま、大うちわで「パタパタパタ」
今度は両手で「バタバタバタ」とあおぎ始める。

 そこにoldboy-elegy君、母に頼まれた水の張った洗面桶と手ぬぐい数枚を持
ってくる。
「あんたあおぐの交代や」と言い、大うちわを俺に渡す。
クロ、いつもの精悍な目ではない。

手桶の水で手ぬぐいを軽く絞り、鼻を残して顔、首、腹・足裏・
手裏?までも。
肌が見える場所は全て冷水にてシップ。

「完全に中毒やな、クロ」と心配げな母。

一酸化炭素中毒やわ、大丈夫かいな」とoldboy-elegy君、クロと母をみる。
「誰もコタツ入っていないし、豆炭に少し灰かぶしたんが悪かったのかな?」
と母。
つまり、豆炭に灰をかぶせると燃焼が遅くなり、そのぶん火持ちが良くなるの
道理である。

しかし良い事ばかりではない、不完全燃焼のため一酸化炭素ガス発生の危険度
も増すのである。
母はこの事を言っているのである。

暫らく続けていると、心なしか呼吸も落ち着いてきたように思う。

「なんかチョット落ち着いてきたみたいやな」とoldboy-elegy君。
クロ、さっきより呼吸が軽くなったようだ。
シロウト目にも、悪い方に向かっているとは思えない。

「もうちょっと続けて、ここ寒いから、座布団に寝かしたろ」と母。

「もう回復基調みたいやな、目の色が違ってきたわ」
「あんたタバコ盆持って来て、もう大丈夫やろ、一服するわ」と母。

「しかし、よう自力で、こたつから出てきたもんやな、でなかったら私ら
見過ごして、今頃・・・」さらに涙目の母.。


いやいや、今で言う「救急救命士」並みの母の活躍にはoldboy-elegy君、
大いに感嘆し、同時に驚かされたものである。


母子が、親子のみで島根県の松江にいたころ、病院の下働きをしていたことが
あった、この時の経験も幾分、役にたったのかもしれない。

その時、廊下の天井からカキ餅の欠片(かけら)が廊下に落ち、結構、大きな
音がした。 

クロも驚き、首をもたげ、音のした方を見る。

             ★★★★★5
         やがて クロは  いなくなった

それからのち、幾年、クロは自由猫としてこのウチに出入りしていたが
やがて、目にしなくなった。

母は寂しそうである。
およそこんな、結末を知っていたかのように。

夜おそく、アルバイトでの帰り道、近所の原っぱ脇の石置き場から、
人の声のような猛々しい猫の唸り声が聞こえてきた。

「猫の集団による、テリトリー争い??」

あの中に「クロ」はいるのだろうか?
oldboy君、「多分いないだろう」と確信のような思いが脳裏をかすめる。

だって、いれば、必ず家で待つ母のもとに来るはずだもの。

これも、oldboy-elegy君 母との青春の思い出でもある。

               了
                                            oldboy-elegy

 

oldboy-elegy.hateblo.jp



(雑感・雑記帳 N0.37) 2・ 世の中にあふれる言葉から、琴線に触れたもの、おもしろいもの、憮然としたものなどを拾い、彼的にコメントしてみた

 
以前、同じタイトルで記事を書いた、

2020・11・10 投稿の(雑感・雑記帳 NO.26)  世の中にあふれる言葉から・・

今日はその2回めのもので 3話収録、UPした。

あなたの心のツボにヒットするものがあれば幸いだ。



              第一話 の おはなし

白人欧米人(名無しの権兵衛さん)が、日本の神社・寺などの人形供養祭の
動画を見て、その感想を述べたもの。

f:id:oldboy-elegy:20210623042104p:plain



この日本では「人形・ぬいぐるみ」が長年、その持ち主に寄り添い過ごして
きたのなら、そこには人、ものを超えた心の交流がめばえ、ついには人形にも
「魂が宿る」とまで言われる。


普通、日本人なら、いくら人形が汚れ、壊れても「バッチー」とゴミ箱に
無下に捨てることには、なにかしらの抵抗感があるのが普通である。

そこでお寺や神社に持ち込み、「お祓いや祈祷」を行い「長い間、アリガトネ」
「人形との分れや心の整理」をする。
実際にやる・やらないは別に、概ねその心情は理解されると思うが、いかが。

この感覚、なんと欧米人には理解しがたい感覚・感情であるらしい。
ある程度、理解できると言う人も、よくよく聞いてみると、日本人のそれと
比べてどこかピントがずれてくる。 

oldboy君、以前、よく似た感覚の記事を偶然UPしたことがある。

(雑感・雑記帳 NO12)除夜の鐘騒動記「うるさい、騒音だ!」
がその記事内容である。

この「除夜の鐘・騒動記」は日本人同士の軋轢で、あった。
今日の記事下にリンクしておくので、興味のある人は覗いてもらえば
光栄だ。


              
それでは、白人欧米人の方(名無しの権兵衛さん)幾人かに登場願い、
寺・神社での「祈祷・お祓い」の様子をみての感想を聞く。


一人目の「名無しの権兵衛さん」のお言葉

● 「大切にしていた人形だから、燃やさずに他人に寄付しょうとは考えない
のか?」

oldboy-elegy君のコメント
日本人にはこの感覚は普通、ないと思う。
なれ親しんだ人形を「あげたり、もらったり」など考えにくい。

もらった古(ふる)人形に、枕元で、シクシク泣かれたあげく、
「おうちに帰りたいよ」と言われたひにはoldboy君、即、卒倒のこと、
請け合いだ。


そう言われると、古(フル)人形のやり取り、聞いた事ないよなー、と今、
気が付いた。
 
スティーブン・キング の小説(題名は忘れた)で、
ガレージセールで売られていた油絵の、(人の顔)の視線の見る先が
どんどん
変化していくと言う短編のホラーを、今、わけもなく思い出した。

さすがホラー小説の巨匠?、「キング様」の発想、目の付け所、痛み入り
ました。


二人目の「名無しの権兵衛さん」のお言葉
● なんてこった、eBay(イーベイ)で売れば良いのに」

今、古(フル)人形で検索してみた。
oldboy君、よく分からないのだが、人が長い間、愛玩していた意味のフル
人形は売り出されていないようだ。

古くとも何年製造のキューピーさんとかの所謂プレミアムドールや人形
高額取引の対象となりうるが、チョット意味がずれてくる。

考えてみてくれ、そんなフル人形を、売り買いしょうと等の発想は我々には
普通は無い。

出来ないのが、我々日本人の基本的心情である、ように思う。

三人目の「名無しの権兵衛さん」のお言葉
● いのちを持たないものに魂が宿ることはないと思う」

一番、端的でストレートな、ご意見である。
こう言われれば、あとに言葉が繋がらない。

しかし最近、日本語を勉強する外国人が増えつつあるらしい。
嬉しいことに、その多くは、ビジネスや高等科学の勉学のためではなく、日本
文化、理解がその動機とされている。

マンガ・アニメ・文学・映画・歴史から日本人の思考など、文化的分野が中心
をなしている。
「金儲け」で考えるなら、とうぜん中国語一択であるはず。

さあ、皆さんはどう思われたかな。

            第一話 おわり
 
**********************************


             第2話 の おはなし

          ある少女の、まっとうな疑問

f:id:oldboy-elegy:20210623062333p:plain



イスラム原理主義者の暴徒が、今、ゲリラ戦で勝利した。
ピックアップ・トラックの荷台には、10人ほどの戦闘員がのり、据えられた
重機関銃それぞれが手にする軽機関銃AK47をガレキと化した街中で大空
に向かってぶっぱなし、勝利の雄叫びを上げている。


この映像をテレビで見ていた、アメリカ人の家庭での、まだ年端の行かない
女の子曰く、
「パパ、あの鉄砲の玉、何処に落ちるの?」
パパ
「??、!!」

もし、その戦場にoldboy君がいたなら、かなりな高確率で自分の頭上に降って
くること、請け負う自信がある。

「チョット、アイロニー」の効いた一口ばなしである。
      
           第2話 おわり


********************************


           第三話 の おはなし

       あるロシア人の名無しの権兵衛さんの言葉

あるロシア人の名無しの権兵衛さんの話だ

f:id:oldboy-elegy:20210623063357p:plain



ペトログラードで生まれ、それからレーニングラードで大学時代を過ごし
サンクトペテルブルグで息を引き取った人もいるよ!」

上掲の言葉だけで、これからoldboy君、なにをお話するのか、解かったなら、
その
方はそこそこの「ロシア通」であると思う。

言葉はこれだけである。
この話のツボ、分かるかな?

あの広大な国土を有する、ロシア人の「お言葉」である。

チョット聞けば、その人、その広い国をテンテンと渡り歩いた人なんだと
思ってしまう。
だが、なんのこともない、この三つの都市、地図上では同じ場所で、都市名
だけが短期間に変わった、だけのことである。
ある種の皮肉の意味あいもある。


1703年以後  サンクトペテルブルグ  帝政ロシア時代
1924-1924  ペトログラード     内戦末期
1924-1991  レニングラード     ソビエト社会主義時代
現在     サンクトペテルブルグ   帝政時代のもとの都市名

と名が変遷してきた。

仮に、現在を2020年とするなら、2020-1924=96歳 となり、ぎりぎり
一人の人間の寿命(ここではロシア人)で、現実に有りうる話でもある。
ただしウオッカを飲み過ぎなかった場合との、条件が必要かも知れない。

ペトログラードで生まれ、それからレーニングラードで大学時代を過ごし
サンクトペテルブルグで息を引き取った人もいるよ。」

なるほど、ロシアならではの納得話である。


なんせ、政治優先のお国ガラで、政変のたびに、勝者に相応しい名称が
冠せられる。


ロシア小説を読む際,難儀なのが、人の名、都市名の変化である。
読み進めるうちに、少しずつ焦点がボヤケテきて、最後にはお手上げ
状態になって
しまう。

おまけに、超長編とくる。
楽しいはずの読書が、そのうち「苦行・難行」となる。
おっと失礼、読者諸氏のお話ではなく、oldboy-elegy君に限ったことで
あった。

             

            第三話 おわり


 *******************************
              
        本日の小話三話、 ここでおわりにする

                                       でわ でわ

                 

                       oldboy-elegy

 
今日の記事の第一弾と言うべきもの。
ここでは、2話 を掲載した。

お読みいただければ、幸いである。

oldboy-elegy.hateblo.jp

(雑感・雑記帳 NO12)除夜の鐘騒動記「うるさい、騒音だ!」
がその記事内容である。
リンクにて貼りつけしておく。
読んでいただければ光栄である。

 

oldboy-elegy.hateblo.jp

 

oldboy-elegy(46)6月12日は母の命日であった。ブログをやり始めて2記事目、母関係の記事に少し手を入れ、リライトして投稿した

 

                  ★ 1

   母は着物の色は勿論のこと、草花なども紫色のものが大好きだった人

   そのためかoldboyくん、預かった、小さな仏壇に、菊花を中心とした
          イワユル
仏花など供えたことはない。

f:id:oldboy-elegy:20210611155051p:plain



アヤメやキキョウ等、季節の和花で紫色のものを、数輪買い求め、胴長
花瓶に投入れているのみである。

他県に嫁いだ妹からは朝から電話が入り、少しの間、母の思いで話で花が
咲く。
とうぜん、着物のことも、口にのぼった。


命日の行事らしきものはこれで全てである。

                  ★★2

          つい先日、6月12日は母の命日であった。   
               

新記事をと思案したが、結局、埋もれた感じになっていたものを、少し
リライトして再掲することにした。

ブログを始めて2記事目のものである。

この記事に親子の抱えた現実、母の気質などを、oldboy-elegy君が引き
起こした
ある事件?を軸にして、彼女の紹介のつもりで記事化したもので
ある。


しかし、悲しいかな、当時ブログの読者さんは殆んど居られず、今日まで
アーカイブなど
から訪問された3人の方が全てで、余りに寂しい。

この方たち今も、当方、読者さまであることがなんとも嬉しい。

「ブックマーク」も「はてなスター」も「リライト記事」に移行できるそう
だが、oldboy君のPCスキルでは、へたすれば「404not found」記事になり
かねないの気持ちが強くこのままにしておくことにした。

それ故、元記事は oldboy-elegy(2)としてそのまま留め置くことにする。

                 ★★★3
    この辺の事情(複雑な家族関係や母の事など、ブログ・プロフィールに 
        詳しく述べて
いるので、少々、割愛の形で引用する。

(プロフィールから引用)         
私oldboy-elegy君、漱石先生の猫じゃあるまいが「どこで生まれたか見当が
つかぬ」状態なのである。
いや~、実際にそうであるからどうしょうもない。

このことについては子供のころから今の今まで積極的にかかわろうとした
ことがない。
なぜなら「母が困るだろう」との思いが自分の中に、優先事項としてあった
からだと思う。

そうoldboy-elegy君、戸籍上、「私生児」で父の戸籍には入籍されていない。

彼の大学卒業を前に就職の事を心配してか、母が猛烈に父にせまったことを
記憶している。

「まあまあ、なんとかなるよ」と彼はその場をとりなすのであるが、実際
心底そう思っていたのである。

銀行や大会社を目指しているわけでもなし、まったり気分で働き、給料を
頂ければ言う事なし、上昇至高ゼロの、欠陥学生であった。

何度か戸籍関係の書類を手にしたことはあるが「熟視、熟読」はあえて
しなかった。

(引用おわり)

以上、目を通していただければ、家庭環境、境遇、母の立ち位置、などおよそ
推察
できると思う。
しいて言うなら、oldboy君、そのような事に価値観を感じる御仁でもない。

 

状況は現在もおなじで、これを持って、oldboy-elegyくん、両親を非難した
ことはない。
ただあるがままの境遇に、当然の事として身を置くだけのことである。

ブログ記事にも母が時折登場する。

フンなにを偉そうに」とすこし斜にかまえた着物姿の母の遺影が仰って
いる。

言わずもがなの母子の思いも、駄文の一つのペイソスかもしれない。


              ★★★★4
        母は一生のほとんどを着物で通した人

f:id:oldboy-elegy:20200122232230j:plain



だが小学校6年間を通じて授業参観、運動会、学芸会など来たことがない。
もっともoldboy-elegy君、「来なくてえ~」の一言で「あらそ、わかった」
と。


ただしネガティブな事での呼び出しには「私の専任事項」とばかりに勇んで
学校においで
になった。

(悪ガキ10人ほど)で山に柿泥棒に行った事があった。

翌日、運動場での朝礼のおり「参加したものは一歩列から離れなさい」の
アナウンス、oldboyくん、反射的に列から離れていた。

保護者としての母が呼び出されるハメに、もちろん正装の着物姿であった。

しかし小学校の卒業式だけはおいでになった、もちろんこれも着物姿で。

講堂の大きなドアの脇に所在なげに立っていらしゃたのを今でも覚えてる。
ここでは僕の行状も含めて母の事を、お話するのが主旨である。

               ★★★★★5
   中学のころ、体育の教官に首根っこを押さえられ、ゲンコで10発ほど、
        憤怒の怒りの中で頭を殴られたことがあった。

f:id:oldboy-elegy:20191005160318j:plain



                                                                         
中学も2年のころの体育の授業でのこと。
まだ体育館もプールも当たり前ではない時代である。

運動場は連日の雨で水浸し。
当然、授業は教室での座学に変更。教室は暗く、みんなの気持ちもなにやら
鬱状態
であったのかも。

そうこうするうちに、始業ベルがなり授業が始まる。

山本(仮名)と言う新任の体育専門の先生である。
新任と言っても結構おじさんで頭髪も後退、そう、(さらば草原よ)
アデオス・パンパ・ミーアAdios pampa  mia 状態の方であった。

代用教員の先生らしいと噂があったが本当のところは知らない。
風采も上がらず、いわゆる生徒たちに舐(な)められるタイプである。

そんなもんだから、授業もザワザワ状態で規律が取れてないのは誰の目にも
ハッキリしている。

こんなときの生徒たちは余計に残酷になるものだ。
教室の後ろのほうでは立ち歩いているやつもいる。

先生自身も屈辱感とプレッシャーの中での授業だったのかも知れない。

ただダンマリのまま黒板に向かいスポーツ用語やルールなどをセッセ、
セカセカと板書しておられた。

そんな時、教室の後ろのほうから誰かが「もっと大きな字で書いたれや、
暗ろうて見えへん言うとるぞ!」と全く敬意の欠片(かけら)もない言葉が
放たれたのです。


先生の心はもうブルブル・わなわな状態だったと思う。

この時の俺の席は先生から見れば教壇机のある中心から1列左がわの最前列
でした。

私(oldboy)が不幸な目に合う原因の一つはこの席位置も大いに関係していた
と思うのだが、どうだろう。

このあと教室の空気が急に険悪になるのです。
そう突然です。

先生は、黒板拭きを手に取り、黒板の大部分を占めていた自分の書いた
チョーク字をいきなり、すごい勢いで消し始めたのです。

先生、完全に切れた瞬間でした。
板書をノートしている子も、いくらひどい雰囲気とは言え、一定数いたことは
当然です。

このあと、すぐに教室全体にブーイングの嵐が巻き起こったのです。

oldboy-elegy君などは、もともとノートなど取ってないのにブーイングに
参加していた、悪いやつです。 

この後、不思議なことが起こったのです。

この喧騒(けんそう)の中、なぜそうなったのかわかりません。
そう突然、何の前触れもなく教室内が完全な静寂に包まれたのです。

ほんの数秒のことだったと思いますが、喧噪の後の一瞬の完璧な静寂。
50人以上のクラス全員がこのパーフェクト・サイレント状態に完全に
シンクロ
したのです。

ひょっとしたら、この現象、集団心理のひとつで学問として言及されている
かもしれません。
 
俺も含めて教室内の全ての者が今度はこの完璧な静寂に気が付き、反応
したのです。

机をたたいて、足を踏み鳴らしながら、この不思議な現象に、一転して爆笑
の渦。

当然?、oldboy-elegy君も足をバタバタ、机をバンバン、先生の前で大口を開
けて・・・・。

今にして思えばすこし度が過ぎていたかもしれません、

ここで自分だけに特別な不幸が招来するとは予想だにしていません。

そう、俺を見ている先生の目、尋常ではありません。
理性の片りんも感じません。

一瞬「ヤベー」と思ったのですが時すでに遅し。
そう目が合ってしまっていたのです。
つかつかと真っすぐ俺に向かってくるアディオス・パンパ先生、万事休す。

俺の席の前に立つなり、情け容赦の欠片(カケラ)も感じない憤怒の表情の
中で、
げんこつを俺の頭上に振り下ろしたのです。

ここでまた問題が。oldboy-elegy君、あろうことか反射的に避けてしまい、
先生の渾身の鉄拳はなんと空を切りおまけに机の天板をドン。

もうこうなれば先生も人の子、逆上に逆上を重ねて、俺の首を ヘッドロック
状態で抱え込み、空いた右手でポコポコポコ、さらにボコボコ。

           
               ★★★★★5  
   (この事での顛末)母も呼び出され、最後に応接室で担任・教頭の
         前で、天井に向かって、タバコをプカリ

oldboy-elegy君、今でもみんなを代表して殴られたと思っている。
もしくはもうすこし離れた席ならこうはならなったかもと思うのだが、
どうだろうか。

でも良い事ももあった。、
気に入っていた女子の一人がハンカチを水で濡らし手当してくれたこと、
これ。
 
殴られたあと授業が続いたのかどうか記憶がとんでいる。

しかしこの出来事をクラス以外の者に喋ったことはないし、もちろん母親にも
話してはいない。

だが翌日の授業終了時、担任が明日、両親のどちらかに学校へ来てほしいと
耳元でささや
かれたのである。
 
oldboy-elegy君、気になったのは、担任にどう伝わったのかの一事である。

ここで母親の出番である。
俺の直接の保護者は母親である。

母と父は姓が違う、oldboy-elegy君は勿論母の名字である。
いわゆる私生児と言う身分である。

それ故か母は「ここは私の出番よ」とばかりに意気軒高のご様子だ。

母の服装は当然、和装であった。

一応、母に、ことの成り行きを説明しょうと思うのだが、
行けばわかる」のひとことである。

あんのじょう彼女、古式蒼然とした着物姿でやってきた。ご丁寧にベージュ色の
日傘も加わっている。
手には小物入れの信玄袋。

当然、そこには両切りタバコとマッチが入っているはず。

一昨日にくらべ今日は打って変わった晴天である。
校長室脇の応接室に通され、俺は外で待機。

しばらくすると俺も呼ばれて中に、担任それに教頭もいて何故かニコニコ
している。

親がこのこと(教師の暴力事件として)を問題にするかどうかが核心であった。

学校も、その心配は必要が無いとわかりホットしたとこのようである。 

母も、息子が今度はどんな悪さをしたものか、気が気で無かったはず。

そこに、「体育教官の暴力」に対する、「陳謝」があったらしい。

ここで彼女が唐突に、「灰皿、使わさしてもらって良いか」と。
安堵の気持ちが言わせたのであろう。

しんせい(たばこの銘柄)をヒトサシ指とナカ指の先ではさみ、背筋伸ばし
天井にむけて 紫煙をくゆらせる姿は何か手前味噌だが恰好が良い。


ちょっとした姐御の雰囲気ではあるが、なんせここは学校。
前では先生二人が異種のいきものを見るようにキョトンと眺めていらっしゃる。


きょうの、この記事、我らが母子、特に母の存在と人柄が強くでた事件?で
あったと思う。

これを持って母の命日の、おそなえもの、とする。

 

             では では

                
               oldboy-elegy

oldboy-el

(雑感・雑記帳 No36 )能と狂言のうち、狂言「鬼瓦・おにがわら」の主題は、結局人間賛歌の笑劇だった!

nouf:id:oldboy-elegy:20201003130759p:plain

イラスト画像、お見受けの通り能舞台である。

oldboy-elegy君、今日の記事はハタマタ高尚なご趣味で、とか、
そうでなければ「オツムてんてんとトチ狂ったの?」と、訝る
(いぶかる)お人もおられるかと思うが、いかに。
               
              ★1
能楽(能・狂言)そのものについての話ではない。
「男女の仲の心の機微、今も昔(400~500年昔)も 変わらない
なあ!」
が本日の主題である、

イヤハヤそうじゃなく「狂言」の演目「鬼瓦・おにがわら」の筋立を
読み、あ~、何百年経(へ)ようが「男女の間の心の動き」、今も昔
も変わらない事にoldboy君いたく感動!、記事化しょうと思い至った
だけのこと。

ただしここでは、殿方から見た奥方どのの事になる
「奥方がダンナを観る目はどんなだろうな?」との思いは、oldboy君、
男の端くれ
連座するかぎり、真実は書けないので、これは女性の方
の「あれやこれや」に
おまかせするのが本筋だろう。



その上、彼、能楽(能と狂言)については全くのシロウトであること
に変わりはない。
ただ、これまで一度だけ、それも高校時代、授業の一環として学校の
講堂で観劇したのが全てで能楽堂に出向いての経験はない

従って、彼には、能楽について、お喋りする資格はない。

ただただ、彼が述べたい主題は、400~500年前の室町期にはあった
とされる、
能楽、能と狂言」それも「狂言の鬼瓦」の筋立てで見
えた、今も変ることの
ない「男女間の、機微」を面白可笑しく、
そして少し哀しいお話で紹介するのが
目的のもので、それ以上でも
以下でもない。



能楽堂での演目は、「能と狂言」がワンセットで演じられるのが
普通で、「能」は
歴史上の話など基にしたオペラのようなもので、
今で言う「魔界・伝承」的な
お話が多く、ある意味、壮観な物語で
あるのに対して、「狂言」とは、日常の生活
をコミカルにした話
(はなし)ものが中心で、コント、コメディてきなものとされ、
現実の
歴史上の人や事実が演じられるわけではない。 
(以上・検索からの寄せ集め)


演目時間も能は1時間を超え、「平家物語」や「船弁慶」などスペク
タクル(壮大なシーンと物語)ものや歴史上の実話が中心であるのに
たいして狂言は20~30分位の話物が中心で笑劇が多い、とされる。

能楽堂で観劇する場合、初めに、能として重厚・壮大な物語が、
幽玄の中で演じられる。
すこし間が空き次に軽妙洒脱な笑劇が始まる、ここからが狂言
ある。
能楽堂の雰囲気がこの硬軟併せた演出で、より楽しいものになる
ことは容易に想像できる。

しかしoldboy君 、狂言の「鬼瓦」なる言葉、どこで仕入れて来た
のか、
トンと見当がつかぬ。

ボケ防止のためと、取り溜めたメモ用紙にも「能・狂言と鬼瓦」と
書かれている。
どう考えても、ずっと脳内に刻まれた、記憶野の中のものであると
思う。
ヒョットしたら、高校の時の、古典観劇の残滓(ざんし)かも知れ
ない。


ここで、「鬼瓦」なる狂言の演目内容(筋立て)を検索をしてみた。

これがなんと、自分にぴったりの感覚のもので、即、ブログ記事
採用を決めた
のが経緯である。


               ★★2
   
    ここからはもう、能・狂言などの古典芸能のことを無視
       ただただ、「男女の普遍の感情」を
                   この古典 「狂言・鬼瓦」を下敷きにお喋りする。

f:id:oldboy-elegy:20210526111325p:plain

上のイラスト画が「鬼瓦」である。
大屋根の棟の両端などに、置かれた大きな瓦で、装飾を施し、魔除け
などの効能にも対応したものであるとされる。

その造形は、ドングリ眼(まなこ)にダンゴ鼻、大きな口など、
が彫られているのが特徴。

これら災厄排除などを願う装飾瓦は、現在でも伝統的建築家屋や
寺院などでも使用されている。
古くは室町期ごろからの様式でもあったらしい。


ここで一期に室町期まで、さかのぼることにする。
ある田舎大名の主従2人が京の街中に登場と言う場面である。

田舎大名が主人公で、「狂言で言うシテ役である」
一方家来のほうは「同じく狂言でいうところの太郎冠者・たろう
かじゃ・従者」
である。

主人(いなか大名)はもとより従者ともども、二人の表情は明るい。

国元を出立、都(京)に上り、3年近くがたっている。
国元で起こった、領地をめぐる訴訟問題のため、今こうして京に
呼び出され
裁判を待つ身なのだ。

それが先だって、裁判終了の上、勝訴を勝ち取り、新領地を得、
ようやく国元へ
の帰参が許されたばかりなのである。

そこで、常日頃、祈願成就のためお参りしていた、平等寺(通称、
因幡堂薬師・イナバドウやくし)に、こうしてお礼参りに来たと
ゆうわけである。

狂言の舞台はここからが始まりである。


この寺、現在も「烏丸通り・高辻」を下がった東に現存している
寺院で、厄除け・ガン封じのお札や御朱印で有名で、賑わっている
そうである。

oldboy-elegyくん、何とゆう事でもない、学生時代、3日にあげず、
この門前を市電に乗り、行き来していた身である。
いや~知らなかった―な~

満願を果たしたこの主人、この寺の「霊験のあらたか」さに深く
感じ入り、自分の領地の内に、分霊を請じ迎える末寺(まつじ)の
建立を思い立つた。

※霊験あらたか 神仏による効果がはっきりと表れるようす。

ここで主従、二人、この寺、因幡薬師に最後のお参りと、国元、
分祀建立を胸に
寺内を詳しく検分するためにここにいるのである。

この時の主従2人のやり取りがすでに「狂言」として始まっている。

そこでこの田舎殿様、本堂の大屋根の両端に置かれた、ドングリ
まなこにダンゴ鼻
その上、口はグワと開いた、鬼瓦(おにがわら)
を発見する。

とたんにこれを見た殿様何を感じ、何を思ったのか、自身、目を見開
き突然、号泣しだしたのである。


国を出て、かれこれ三年、突然、帰郷が適うことになった。
頭で描く故郷の山河、もちろん、嬉しい。

しかし、それら以上に気持ちを慟哭させたものが、決して「器量
よく、別嬪」とは
言い難い、「女房殿」の、ことであった。

このサムライ、京で「✖✖遊び」など、無縁であったとは言わせない。
しかし、彼の帰巣(きそう)本能は、なんと「鬼瓦」を見た時に、
発現するのである。


「鬼瓦」からの連想で突然、奥方殿を思い出し、大声で「オイオイ」
泣き出し、嗚咽する。

この場面、鬼瓦を観て思い出された、奥方には、少々気の毒だが、
分からぬ
ことでもない、大方の漢(おとこ)なら解らぬ感覚ではない。

世の奥方様に言う、男の心の奥底に、このようなカワユイ一面をも、
持ち合わせている
ことも知っていて損はない。

能楽堂の観客、これを見て、どう思い、なにを感ずるのだろう。
もちろん、基本は大きな笑いの渦の中に、投げ込まれることに
なる。

しかるに、時間の経過とともに、観客の胸の内に何かホッコリ
したものが生まれ、
得も言われぬ「泣き笑いと可笑しさ」をも
招来する、こと請合いである。


基本「おおいなる、人間賛歌」の舞台であったように思う。

たった2~30分の笑劇の一話である。

     oldboy-elegy君、高校の時観たあれは、狂言
    「鬼瓦」ではなかったのか?!と思うことにする。

           
   今宵はポータブルラジオのイヤーホーンを、小耳にはさみ、
    このまま 寝落ちしたい気分である。 では では

               
                       

                了

                   oldboy-elegy

oldboy-elegy.hateblo.jp

               

(雑感・雑記帳 N0.35)最近、認知度、上昇中の「排除アート」なる言葉を巡り、oldboy君のフヤケタ頭で考えてみた。お付き合い、いただければ嬉しい

 

f:id:oldboy-elegy:20210514023520p:plain 
                ★1
    なぜ、今日のタイトル「排除アート」なるものに行き着いたのか


oldboy-elegy君、今のところ、自身の体に「重篤・じゅうとく」な疾患は
ないようだ。
ただ、人間として生きるための「各部品?」の機能低下が顕著にみられる。
視覚・聴覚・記憶・発声(時間がかかる)+腰痛 などがそうである。

目が醒め、カーテンを引き、朝日を全身で受け、ベッドの中で「まどろん
でいる」時などの感覚は、
「ヒョットしたら俺、100メートル全力走OK」の思いに駆られる。

しかし残念ながら、現実は、ベッドの中にいる時だけの「希望的思い」で
「妄想」に過ぎない。

起き上がった瞬間からこまごまと「ちょいワル機能不全」に悩まされる
ことになる。

それらの諸症状はベッドから足を床に置くために体を起こした瞬間から
始まる。
「ウヘッ、俺の体、こんなに重かった、完全に地球のGに負けている
やんけ!!」と実感することになる。
※ 地球のG   ここでは地球の引力ぐらいに思っていただきたい。




最初の画像は「いらすとや」さんからお借りしているバス停のイラスト画
である。

oldboy君「腰痛」のため、月に1~2度、調剤薬をいただきにバスで通院して
いる。

いつも彼が乗るバス・ストップの案内標識の脇には、画像には描かれては
ないが、実は「ベンチ」が一脚、設置されていた。

f:id:oldboy-elegy:20210514020953p:plain

腰痛もちのoldboy君、このベンチ、利用したいとは感じていたが、
こんな立派な(画像のような)お姿ではなく、プラスチックで貼られた
座席、背もたれ
部分は破壊され、基礎の鉄骨部分も長い間、風雨にサラサレ、
むきだしの
まま錆び付いていたのである。

自分より重篤と思われる、お年寄りも、これではお尻をベンチに預ける
どころか危険とさえ思わせるシロモノであった。

ところが、このおんぼろベンチ、最近、撤去され、新品のそれにとって
代わって
いる、

どなたかが、しかるべき管轄に要望されていたのだろう。

もちろん、空いている時など、ありがたく座らせていただいている。

だがここでoldboy君、このベンチを目にしてヒョイと思い出したことが
あった。

いま見る、新しいベンチは、腰かけ部分が一人ずつに、ひじ掛けがあり、
3人
掛けに固定化された形(かたち)になっている

バス停のベンチなど、仕切はなく、全面フラットなのが普通と思うが、
人間、いや失礼、oldboy君の情けないほど劣化した頭には、ひじ掛け用の
仕切があったのか、なかったのか、確証がもてないでいる。


ともかくも、きょうの記事は、これらからの連想で行き着いたものである。

                  ★★2

            「排除アート」の意味とその理念

f:id:oldboy-elegy:20210519061838p:plain



読者諸氏、こんな言葉、御存じかな?
ヒョットしたら、oldboy-elegy君のみが知らず、大方のお人は、当然のこと
として認知されていたのなら、チョット恥ずかしいことになる。

それは、今日のタイトルにもある「排除アート」なる言葉である。

一応かいつまんで、説明してみる。

ある目的のために設計され、造られた建造物や構造物が、本来、意図した
目的に
供応されない状態になった時、その原因となった物や行為を物理的または
心理的
に排除する行為を言う。

チョット抽象的で固すぎる説明かな?

もう一段、簡潔に言うならば

その建造物の所有者、考案者の意図以外の目的に使用されるのを防ぐための
新たな対応設計物。


現実にはどのようなものか、その建造物を例にとってみれば、より明解になる
はず。

例えば、公園のベンチなど3~4人がけの仕切のない、フラットなものを、
敢えて、
一人ずつの座席の間に腕置を設置、夜間ホームレスさんが心地よく
感じる場所を
なくし、
足腰伸ばして寝る環境を奪うこと。
これらの行為及び思潮を「排除アート」
と言うのだそうな。


ここまでくれば、早くも、読者諸氏の人達の心の中に、なんらかの感情が
芽生えると思うがどうだろう。
ある人は「ウムウムなるほど」当然そうあるべきだする人、また別の人は
「そこに仕切版
がある意図を知り「なんか釈然としないなあ」などいろいろの
感情が生まれる。


仕切の設置版を、さも自然に置き、見た目にも風景に溶け込み、なんの違
和感も
感じさせない。
そのあたりがアートと言わせる由縁かも知れない。

むしろ恐ろしいのは、ベンチの一人ひとりの仕切版がある方が、多くの
利用者が優しいと思ってしまうことである。
そう思わすのも、設計思想の中に初期から組み入れられている

f:id:oldboy-elegy:20210519064040p:plain



夜になり、寝るために公園にやって来た、ホームレスの人達だけが、その
悲情を
理解し、「なんだよこの仕切!!」と悪態をつくのである。

このような理念のもと、「都市の社会的空間を設計する」これこそを
「排除アート」と言うらしい。

いま、社会、公共財としての都市公園を例に述べたが、
近頃、この公的都市空間以外に一般私企業にも、この考えが認知され、
自社
ビル、新店舗建設などの時、初めから、この設計思想を取り込むことが
当たり前
になりつつあるのが現状のようである。

「排除アート」など持って回った言い方などせず、いっその事「このビルは
ホームレス排除
デザインを取り入れています」と明言し、この構造物の施工主、
設計者の名を、
金板に黒字で刻印し、誇らしげに建造物の定礎脇に埋め込んだら
どうだろう。


面白いことに、ある「都市空間設計事務所」の女性管理者がこの「排除
アート」を
ビジネスの負の側面から、自分の考えをネットで述べていた方が
おられた。


結構、長文のもので、oldboy君、じっくり読ませていただいた。

結論から言うと、
自分達がやらねば、無秩序に事が進行し、取り返しがつかない事になりかね
ない、「排除アート」の思想を、いかに優しく、自然の内に潜ませ、多くの
人達が
それと知らぬうちに当初の目的を得るもので、なくてはならないと言う
こと
らしい。

一読すれば、ある意味「なるほど」と思わせるものがある。
しかし、次の瞬間、「何かが違う」とoldboy-elegy君、胸の内、頭の中が、
「ざわざわと波打つのである。


彼女が言わんとすることは自分達を正当化する模範解答ではあるが、
しかし所詮、勝ち組社会の言い分
で詭弁としてoldboy-elegy君には映る。

そこには終始「排除」される人達からのナマの言葉は聞こえてこないし
存在すら無い、悲しいことである。

 
グーグルで「排除アート」を検索 

(気持ちの優しいナイーブな方は見ない方が良いのかもしれない)
oldboy君にも、チョット刺激が強すぎた

① 排除アート のみで検索、400万件以上のスレが立つ
② 上段の(画像)をクリック この瞬間、観たことのない人は凍てつく
  ことになる。
  先端の尖った、スパイク(鋲)が埋め込まれた、何処かのビルの玄関脇
   などなど。
   
                ★★★3
       随分と前の事であるが、ホームレスさんに関する
          テレビ・ドキュメンタリーで

         こんな場面があったのを思い出す。


ホームレスさんの人数は2019・01現在、全国で4555人であるらしい。
(by厚生省)
途中、調査の中断もあったが、ほぼ年々微減となっている。

住民票もないのにどうして調査したのかって?
厚生労働省の音頭(おんどう)の下、毎年1月のある日、各地域の役所
職員が走り回り「視認」で確認するらしい。
考えてみれば、これしか方法はあるまい。
ご苦労さんなことだ。

ただヤミクモに「ホームレスさ~ん、どこに居られますか」と走り回って
いる訳でもあるまい。
その発見場所が、以下の様になるとの事。

● 河川 31.0%(橋下・ブッシュの中の簡易小屋)
● 都市公園 22.7%
● 道路 18・0% (oldboy君、イメージするが映像が湧かない)
● 駅舎 4.9%
● その他施設 23.4%
    以上 100%の内訳である   ・2018・01厚生省調べ    


さてここからが、テレビのドキュメンタリーの内容である。
時期は未だホームレスさんが全国で1万人を割っていない頃のことであった
と思う。

f:id:oldboy-elegy:20210519070207p:plain

北九州のある町でのこと。
場所は長距離バス、夜の発着場である。
行先は関西で具体的にはoldboy君住まう大阪である。

薄闇の中のテレビ画像の二人、一人がホームレスの方、もう一人が役所の
人である。
無理やり、その境遇の、お人を大阪に送り出そうとしている場面である。

バスの切符代は片道料金が役所から手渡される。

夜食代金ももらったのだろうか?、こんなところoldboy君、貧乏性でこまる。

そして、今まさにホームレスさんを無理やり排除する地元は、ある意味浄化
されると言う
寸法である。

「二人のヒソヒソ話」こちらに帰ってくるな「大阪で頑張れ」と引導、やがて
バスは彼を乗せ、闇の中に走りさった。

この役人さん、ホームレスさんを見送ったかに見えるが、まあそれもあるが
実は「確かに長距離夜行バスに乗車、出発したのをこの目で確認しております」
の報告をするのが本来の目的で「画竜に点睛」を入れた事になる。
※ことば 「画竜 点睛を欠く」
 仕事はほぼ完成しているが、肝心な一点が抜けているため、全体が生きて
こないこと。 描かれた竜も、最後、目を入れてようやく完成を観る、


これも、ある種排除アート」の一形態で、形も記録も残らない、「精神的
排除アート」とも言えるものかも知れない。
なにか、「おぞましさ」で背筋が凍る気持ちに陥る。

oldboy-elegy君、この役人の行為にどうのこうのと、言ってる訳ではない、
役所には、きれいな数字(当市はホームレス・ゼロ)のみが報告され、
記録として残される。

これこそ、完璧と言える「排除アート」ではなかろうか。

大阪は西成、日本一のホームレスさんの集参地でもあった。
ここには、最低限の生存のための、条例と施設、ボランティアが存在する。

ある意味、「大阪の西成」は、地方行政のための「掃きだめ的」存在で、
必要悪と言えるものだったのかも知れぬ。
日本の高度成長を裏で支えてきた、影の功労者的存在でもあった。



                ★★★★4

    それでは、世界一の大国と言われる、アメリカ(米国)の現状は?
     この★4を書いている時、気になるある事に気がついた。

       
もともと、こう言う考えや思潮はアメリカからのものである。

そこで手っ取り早く、近年の彼の地(ここでは合衆国)のホームレスの
数字をあげてみる。
アメリカ・西暦2020年、日本・西暦2019年調べのもので、
ホームレス人数を実数で表記すれば、アメリカ570.000人、日本4.555人で
あるらしい。(約125倍)
ここにアメリカと日本の人口比2.6~2.7倍を加味しても(約40倍)にもなる。

ただホームレスさんの数え方が、アメリカと日本が協定を結び、同等の条件で
比べたものではないことは、知っておく必要がある。

ここからが、oldboy君がもっとも腑に落ちない
部分である。


アメリカで排除アート」なる言葉、特に「アート」と言う言葉がどう
使われているのか調べてみたが、およそ日本人である我々が知る
「Art・アート・美術・芸術」ような「人類に付する」肯定的な意味以外、
みつからないのである。

ただ、「Art」の辞書、末尾あたりに、「人為的」とあったのが気になる。
意味が「排除」と「Art}が交錯して「人為的排除」と曲解するのも可能
なのか?

それではと、排除アート」の「実際に使われる場面、を想定した英文を
探して
みた」がもちろん、我々がしる「アート・Art」としては見当たらない。
????何故なんだろう、の疑問が残る。

「Art」
横文字を使用しているのに、肝心の本家では、そこそこ一生
懸命に
探してみてもoldboy君、発見に至らず。

それでは同様の概念が、英文で、どう綴られているのかを探してみた。
それらの幾つかの英文を抜き出してここに記載してみる。

① Hostile Architecture
       英語での使われ方の意味
  パブリック・スペースが障害を受けたり、あらかじめ想定された用途
       以外で使われないよう建造物に手を加える、アーバン・デザインの造形
       であり、ひとつの手法とある。

② Dfensive Design
       防御的アーキテクチュア―(Architecture)、建造物のデザイン

③ Unplesante design
       不快で、楽しくないデザイン

④ Defensive urban design
      防御的、アーバン(都市)・デザイン

など、おのおの目的別、用途別に使用されていて、どうも日本の様に「排除

アート」など一括りの言葉は見つからないのである

ただ言えることは、上記の4個の英語の中で、①が一番、汎用的に使用されて
いる
ようである。

ここで再度 ① Hostile Architecture を見てほしい。
Hostile は敵対的(形容詞)で Architecture は建造物である。
Hostile を「排外アート」の「排外」とするなら Architecture は何故
「アート」
なのか?とoldboy-elegy君、しょぼつく目でにらんでいた。

ここで「アーキテクチュアー・建造物」の単語のみを見て欲しい、つまり
この部分
は英語を離れて「日本語的感性」の語呂合わせでしかないことを
発見した。

Architecture じっと見ていれば(Art・アート)のアルファベットが全て
存在していて、全部で
5文字もある。

Architectur 
で必要なアルファベット3文字 Art がキッチリ前から順に、英単語のArt
ヨロシク並んで
いるのがわかる。

従ってこの「排外アート」の「アート」は英単語の意味を意識した、日本語
なのが真実
なのであるまいか
したがって、英文の中に「Art・アート」が素直に発見できないわけが理解
できる。

結論は「英単語」を装った、日本語のゴロ遊び
でしかないと言うこである。

即ち「排外アート」なる言葉は完全な日本語であって、日本の業者が、
自分達の
商売に都合の良いものとしてArt を意図的に組み入れ作られたもの
であった、がoldboy君の結論である。


             ★★★★★5

         おしまいにoldboyくんから一言

なぜか、今日の記事、oldboy君にはチョットきつかった。
いつも出る、軽愚痴(かるぐち)も終始出ずじまいに終わった感がある。

この世の中、文明の利器の発達は目覚ましい、しかしこれを利用する、人と
社会の
ありようが、なぜか空しく寂しい,感がする、なぜだろう。


最後に今日の記事も、oldboy-elegy君のいつもの「独断と偏見の範疇のもの
ある」ことをお断りしておく。

ずっと昔、卒論を書いていた時の高揚感を少し思い出した。

脇には、PCもスマートフォンも、もちろんない時代である。
あるのは、図書館から借りて来た本と原稿用紙が全てである

すべてが、遠い遠い昔のアナログ幻影の中でのこと、しかしこれも、俺に
とっては、真実であった事には、変わりはない。
夜中には母が茶と菓子を差し入れてくださった、これも含めて・・

      寝つきも少々悪かろう、委細かまわず、寝ることにする。

   

              では では

           
                           了  
                           oldboy-elegy

oldboy-elegy.hateblo.jp





(雑感・雑記帳 No.34)禁煙中(4年以上)の我が身、チョットした不注意で紫煙をプカリではなく、プカ!・これアウト、セーフ教えてほしい

以前、2020・11・10にUPした、
(雑感・雑記帳 NO.26)   世の中に
あふれる言葉から、琴線に触れたもの、おもしろいもの、憮然としたもの
などを拾い、よみびと知らず(名無しの権兵衛さん)として記事化した。
今回はその
第2弾としての扱いである。
              


                 ★1

                  欧米系の「名無しの権兵衛さん」の迷言がこれ!

     「俺は少なくとも、10回は禁煙に成功している・エッヘン」

 

きゅうきょ、この「迷言」を採用することにした。
「何故かって?」

oldboy-elegy君、自身のブログに、「禁煙記事」を幾つか、書き綴っている。

 





ところが、つい最近のこと、
「ほんに、ほんに、喫煙の業(ごう)とは恐ろしいものだと、身をもって痛感
することに」
なってしまった。

その顛末を記述するために、上記の「迷言」
「俺は少なくとも、10回は禁煙に成功している・エッヘン」

と自分自身の不可解な行動を
抱き合わせて記事にした。


oldboy君の禁煙方法は、本当のタバコを使用するが、それに火を付けない、
言うところの「エアータバコ」なる方法である。

自身で編み出した禁煙メソッド(方法)と勝手に思っている。
この方法?でもうかれこれ、4年以上の禁煙に成功中の身なのだ。


                 ★★2
      oldboy-elegy君、ヒョットしたら、「禁煙中」の「禁」を
               犯したかも?

       以下、何故、そんな事態に至ったのか、書いてみる。

「エアータバコ」
なる禁煙メソッドが気になる方は、本記事最下段にリンク
ブログとして貼りつけてあるので、よかったら見ていただきたい。

 

f:id:oldboy-elegy:20210502065303j:plain



つい先日、仏壇脇に置かれた線香「白檀(びゃくだん)のかおり・毎日香・
画像左」が切れそうで、
替わりに買ってきたのが、お店で目にした「桜の香り・
花ふぜい・画像右」なる
品である。

もちろん、(さくら)からくる季節感もあったのだろう。

これがそもそもの間違いの元で、今思っても、ほんに口惜しい。

「毎日香」の場合、何故か仏壇用専用のイメージが強く自分の部屋では
インセンス(芳香)として薫(くゆ)らせたりはしない。
上掲の画像を見て頂ければ、化粧箱デザインからして納得いただけるはず。


ところが、このたび購入の「花ふぜい」、「線香」と言うより「インセンス
INCENSE・香料・芳香」のイメージがoldboy君の中で勝ち、部屋のパソコン
机の下で焚(た)いてみよう
と思い立つ。

f:id:oldboy-elegy:20210227151200p:plain


昨夏この除虫菊製の蚊取り線香
50巻入りを購入、画像では縦置
きだが、これを平置きにして、
購入時の大きな金属製の缶に
セットして使用する。
これに蚊取り線香の代わりに、
買ってきたインセンス、
「花ふぜい」を置き、燻らせる
魂胆なのだ。






ここで、このための、必要道具一式を整理してみる。

なぜなら、これら全てが、間違いへの「道筋の原因」にあるのだから。
① 本体、ここでは買ったばかりの「桜のかおり・花ふぜい」である
② ガスライター となり部屋の仏壇脇にある、それをこちらに持って
  くるだけ 
③ もちろん禁煙中の身で灰皿なんてものは無い、そのためインセンス?
  の置き場
をどうするか。
  少し考えて、渦巻蚊取り線香置きを充当することに。
  缶カン製のそれを物置きより引っ張りだす。

  なぜそんなものがあるの?と訝(いぶか)るお人のために説明しておくが、
  oldboy君、夏場の蚊退治に、化学薬品を使った「無臭・無煙」の電気式
  のそれを使用するのは好みではない。

  渦巻蚊取り線香を長年、燻らせ使ってきた人で、もとより除虫菊の匂いも
  嫌いではない。
  昔からの除虫菊製、渦巻蚊取り線香、一択のお人である。

  サイズを調べると、なんとカンカンの円の直径が新しく購入の「花ふぜい」
  の長さ135mより少し大きいことが判明、これを使用する事に決めた。

④ そして最後にすべての間違いの元は本物のタバコが机上に2本転がっていた
  こと。
  エアータバコの性質上、そこにタバコがあるのは当然・タバコ好きだった
  仏壇の母とoldboy君、共用のものである。

  
サアー、そこで「桜のかおり、花ふぜい」を燻らせたが、その緩やかな
「香り・芳香」すこぶる気に入ったのである。
やすいものだが、部屋に立ち込める「インセンス・花ふぜい」の香り、
チョットした贅沢気分に浸れると言うものである。

この楽しみを味わいかけて1週間も経たない、ある日の夜中、それもブログ
記事を思案中のこと、

f:id:oldboy-elegy:20210112080136j:plain


               ★★★3
      げに恐ろしきは、半世紀を優に超える、喫煙の習慣!!
       

無意識のままに、タバコ・エコーを1本、左、手の平に包(くる)め、
右手には、
これまた知らずのうち、100円ライターが握られていたのだ。

oldboy君、この段階でも未だ気がつかず、今考えても「ア~口惜しい!!」

これまた知らずの内に「カチッ」とライターに炎・・・・。

なんと「ハッと」気が付いたのが、タバコに着火、浅く、ごくごく浅く
吸い込んだ後のこと?!!。
イヤイヤ、まだ吸ってないかの、微妙な間合いと瞬間での出来事であった。


ウッヒャー、俺なにしてんのじゃー」声こそ出さなんだが、その不浄の
(あかし)、火の付いたタバコを持ったまま、台所へ走り、水をぶっかけ、
三角コーナーに、投げ捨てたのである。

読者諸氏にお尋ねする。
「これで禁煙勤続4年は事実上アウト、はたまた、その程度ならセーフ?」

もし、「アウト」なら、あのまま喫煙すれば良かったの気持ちが、いまだに
体のどこかに残っている。

げに恐ろしきは、この身に取り付いた、この習慣、

お前は、アホか?と誰かが、oldboy-elegy君の体に聞いてくる、「瞬間、俺は
アホでも馬鹿でも良い、もしあのまま吸えるなら」と思える自分がいることに
唖然としたのも、これまた事実である。

4年以上も完全禁煙を実行してきたのに、この後に及んでも、このありさま、
ほんに喫煙の習慣とは恐ろしいものである、と実感した瞬間でもあった。

oldboy君、その夜は情けなさで落ち込むが、翌朝には「まあ、こんな事も
あるさ」の持ち前の復元力を発揮、今日に至っている。

今後、禁煙記事を書く時は、この事実(一口と言えども吸ったこと)を必ず
書き加えねば嘘になる、と思って
いる。


さあここで  欧米系の「名無しの権兵衛さん」の迷言?が御登場の運びとなる
のである。

少々ボケ症状があっても、失念はしていないので「ご安心あれ」

「俺は少なくとも、10回は禁煙に成功している・エッヘン」
の顛末である。

賢明な読者諸兄のこと、この言葉の、チョットした可笑(おか)しさ
お分かりの事だと思うが、蛇足ながら簡単に説明をさしていただく。

あるスレ主が、1回の決心でキッパリ、禁煙に持ち込んだ事実を誇ったブログ
を立ち上げた。
これを見た欧米系の「名無しの権兵衛さん」の迷言?がこれ、

「俺は少なくとも、10回は禁煙に成功している・エッヘン」
である。

まったく禁煙できないお人が、スレ主への「当てつけ」と「自身のふがいなさ」
を反意的に、ユーモラスに表現したものだと思う。


なにか人間的で可愛くもある名言、いや迷言であるのが気に入ったoldboy-elegy
君である。

はてさて、oldboy-elegy君、誇れるとは言わないまでも、チッタ自慢げな話は
ないものか、つまるところ、今日もいつもの、ていたらくなバカ話で終始した
ことになってしまう。

ここで今日の記事のオチとなる、ゴメンなさい。



             では では

 きょうも「インセンス・サクラの香り花ふぜい」を1本燻らせ眠る
             ことにする。

                了

                                       oldboy-elegy

 ●ょうの記事中に書かれている、oldboy君の禁煙方法、「エアータバコ」の
方法と、それにまつわるお話を「禁煙エレジー」として過去にUPしたものである。
よろしければ、併せてお読みいただければ幸いだ!!。

oldboy-elegy.hateblo.jp

 

(雑感・雑記帳 N0.33)(はてなブログ)より開設2周年のお祝い メールが届きました。これを機に、oldboy-elegy君、自身のブログの総括(おおげさ)をおこないました

f:id:oldboy-elegy:20210504044053p:plain

oldboy-elegyのブログを開設して2年が経ちました

はてなブログをご利用いただきありがとうございます。
oldboy-elegyのブログを開設して2年がたちました。
はてなブログではoldboy-elegy(id:oldboy-elegy)さまのブログライフが
より楽しいものになるよう、これからもサービスの向上と改善に努めてまいり
ます。

「書き残そう、あなたの人生の物語
はてなブログを、これからも、どうぞご利用ください。

以上が「はてなブログ」様からのアニバーサル・メールです

                   

                ★1
  これより以下がoldboy-elegy君のこれまでの「ブログの総括?」と
      これからの「ユルユル展望」となります


上記の「コーン花火?」イラストと文面が、「はてなブログ」様からの
メッセージです。

oldboy-elegyくん、2019・04・10 が初回記事の投稿日だったようです
すっかり忘れていたところの、これでしたので胸の内に「明りが灯ったように」
ホッコリさせてもらいました。

ありがとうございます、こちらからもよろしくお願いいたします。

それも月3記事ほどの超テイタラク出稿で、初めのうちは何か、かえって失礼を
している気がして、肩身が狭く感じたものでした。

それでも、ときおり、ブックマークなどからの書き込みもあり、共感やご意見
など頂くこともありました。

書いている内容も統一性も一貫性もなく、およそダラダラもので、人のため世の
ためなどとは、口が裂けても言えるシロモノではありません。

ただ自分のような、いい加減な上にドジ青年oldboy君のオトボケ人生でも、
なにか、クスッとホオがゆるむこと、そして自分の脇を通り過ぎて行った
彼女
を含むさまざまな人達のエレジー(可笑しさを含んだ哀しさ)、それに
なにより、
こんなバカ息子、イヤそれだからこその無償の愛を注いでくださった
母のことなどのことを記事にしてきました。

そして最近ではoldboy-elegy君が生存してきた戦後・昭和の社会のあり様などや
世相の変化などを書きしるすのも、もう一つの「目的」かなと考えるようになり
ました。

 

電子機器などの発達で、これだけ便利になった世の中、人はその分だけ
「幸せ」
になったのかなと考える時、なぜかoldboy-elegy君、全面的に
賛同しかねるのが
本当のところです。

その違和感を直接お伝えするのではなく、人々の生活の中、社会での現実を
通して感じてもらえれば最高だと思っています。

近い将来、個人の脳の記憶野に蓄積された像の殆んどはPC・タブレット
スマートホン経由で獲得した画像になってしまうのではないかと思って
しまいます。

また、自分が知る彼女の声も、ヒョットしたらモニター越しのもので、
生身の声が思い出せない、などの非喜劇が起こるやもしれません。
※悲喜劇 悲劇と喜劇が混ざった人生の一場面。

久々に会った彼女に
「あれ!、お前の声、そんなんやった?、カゼ引いてんのか?」
「なにを言うたはんの、あんたこそ」

こんな会話も普通に成立するのかも知れません。

               ★★2
    つい先日の 5月3日・憲法記念日はoldboy-elegyくんの
            誕生日でもあった。
       
去年は、この日(憲法記念日)の事でブログUPをさせていただいた。
あった事、思った事を、いつものoldboy君のスタイルでユルユルと記事化
したのもつい昨日のような気がします。

社会人として現役のころ、「憲法記念日」そのものには、あれこれ意見が
あったとしても、ともかく国民押しなべて、休日であり、当然、もこの
恩恵を授かる者の一人であるのには変わりはないのだとし。

「日本全国、俺のこと、祝ってくれる~」なんて、ノー天気なことを自慢
していたアホも
いたようです。

ひるがえって今の俺、365日お休み身分のため、アリガタミはゼロに、なり
下がった格好です。

ただし、他県に住もう妹からの「おめでとうコール・電話」は去年同様、
あったことは報告しておきます。
ただ、これも、コロナ禍と歳から来る、身の生存確認の意味も兼ねた、
コール・電話でも
あるようです。

そんな記念日2題「ブログ開設2周年」の報告と「5月3日、憲法記念日
oldboy君の誕生日」
記念日ツナガリがりでリンク記事としてUPさして
いただいた。


自分としても、そこそこ納得できる記事でもある。
お読みいただければ嬉しい。

  

          腰痛の処方薬が眠気を誘う、 では では


                   了
               
                          oldboy-elegy

 
この下のリンク記事が、oldboy-elegy君,去年の誕生日5月3日について書いた
ものである。
是非、一読を希望する。

oldboy-elegy.hateblo.jp

 

(雑感・雑記帳 N0.32)  今日のoldboy君のマヌケ振り「長い?まつ毛と白髪、カットしておいてね」!??である



ただただoldboy-elegyくんのマヌケぶりに終始した記事で、それ以上でも
以下でもないことを、始めにお断りしておく。

********************************
              
      実はoldboy君自身の口からついて出た言葉である
              その言葉とは

      「長い?まつ毛と白髪、カットしておいてね」!?


我が身(oldboyくん)に生じた不幸、恥をしのんで記事にした。

f:id:oldboy-elegy:20200127075650j:plain


つい先日のこと、

厄災(コロナ禍)のため、なんとなく伸ばし延ばし(頭髪と期日を
同時に表現する新語?)
に捨て置いた散髪、たまらず、床屋に行く
ことにした。

頭髪のカットも終わり、洗髪の前に、眉毛と耳毛をチョキチョキ、
グルグル(耳毛をカットする道具の音)整えてもらうのが、
いつもの
コース。

ここでoldboy-elegy君、
自分の眉毛(まゆげ)指差し、マスターに言った言葉が、
長い?まつ毛と白髪、カットしておいてねあるそうな。
いやなことに、自分的には「眉毛・まゆげ」と言ってるつもり。

不思議なことに、歳をとれば、必要とする場所の毛が生えず、たまさか伸び
ても、全く不要の体(てい)をなすものが多い。

眉毛の中には、何故か数本の異状成長するヤツがいる。
同時にクロ眉の中で白い事を自己主張するものもたまにある。

oldboy君、これらの鬼っ子を、散髪の折に整理・整頓をお願いするのである。

自分ではとうぜん「眉毛・まゆげ」と言ったつもりだが、
マスターまつ毛?」
と怪訝な表情。

oldboy君、彼との間に横たわる、このイヤナ雰囲気を即、察知。

「俺、今、なんと言った?」と聞きただす。
まつ毛!」ときっぱりマスター、今度はなにやらニヤニヤ顔が追加されて
いる。

「うっそー」と信じられない俺。
茫然自失と言えば、少々大袈裟かも知れないが、自分としてはそれに近いもの
がある。

合口(あいくち)の代わりに、理容ハサミ片手に俺にトドメをさすマスター。
「チャンとご自分の眉を指さし、言葉は、まつ毛と」毅然(きぜん)とまで
言わぬが「キッパリ」と。
※合口(あいくち) 鍔(つば)のない短刀のこと。

「ヒィヒャー・ほんま!!」と意味不明の言葉を発するoldboy-elegyくん。

脳内には「眉毛・まゆげ」の実像があるのに、出た言葉が「まつ毛」
だとすりゃ、こりゃ本当に病気だわ、と心しおれる俺。

マスター、なにごとも無かったごとく、いや何気に楽しそうに、
異状成長した数本の眉毛(まゆげ)と眉の中の白髪退治にチョキチョキ
はさみを入れる。

oldboy-elegyくん、このままでは気が納まらず、少々言い訳を読者諸兄に
させていただくことにする。

基本、眉毛もまつ毛も、体の部分から見れば、ほぼ同位置にある。
なんの緊張もなく口にすれば、こうなる事もあって、不思議ではない
と思うがどうだろう。

読者諸兄は「ないない、こりゃダメだわ、いよいよ歳からくる、ボケに
取り付かれ
なさっ
たようだ」と口には出さずとも、内心、思っておられる
方が大半だろうと思う。

ところで実は、この言動、現象、oldboy君、今に始まったことでもない。

昔からの習慣?と言うのか、はたまた持病?と言えるもので、長い付き合い
になる。

敢えて、病名を付するなら、「二者択一・選択機能・不全症候群」?と言える
ものである。

「ウム?」初めて聞いた、と読者諸氏。
oldboy君も、たぶん初めて口にする。

2個のうち、どちらかが正しい場合、瞬間、軽度のパニックを引き起こし、
すぐに、口をついて出てこない事を言う。


彼の、この病気の既往症状の代表例を報告(晒して)しておく。

f:id:oldboy-elegy:20210425024758p:plain



oldboy-elegyくんの「左右・さゆう」の決定のための思考回路は、幼児の
時に憶えた、「お箸を持つ手が右(右手)でちゅよ」が今も厳然と生きて
いるのである。

「真っすぐに行って」・・・「アッ、そこを右に」・・・脳内では右手が
始めに想起され
同時に右手がピクピク反射、反応する・・・ここで
初めて
右の方向が認識され・・・その後に足と体が右方向に向かい始める
ことになる。
はじめに「お箸ありきが出発点」なのである。

ただ他人様には、この神経回路(シナプス)伝達のわずかなタイムラグ
が認識できていないだけのことである。

このことを、あなたの知識として、脳内に蓄積する事はあまりお勧めし
ない。



      それでは「お粗末な一席で申し訳ない」では では
                

                了  
             oldboy-elegy

oldboy-elegy.hateblo.jp