oldboy-elegy のブログ

ずいぶん長きにわたりグータラな人生を送ってきたもんです。これからもきっとこうでしょう、ハイ。

(雑感・雑記帳 NO.4)  我が家で飼って?いた猫、クロ(オス)の一大事。救命士は母 。   oldboy-elegy

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孤高の猫、クロの雄姿である。

  クロはそもそも、いつごろから我が家に出入りするようになったのか?

 母がクロと、土間のカマド脇で出会ってから1年待たずしてあのチョットした事件がおきたのである。

 チョット等と母に聞こえたならきっとお怒りなさるだろう。
それ故、亡き母に敬意を表し「あの大事件」と訂正することにする。

 その大事件は正月明けの1月の15日前後の事である。
何故、そんな事、憶えているのかって?

 それはクロの倒れた廊下の天井から色とりどりのかき餅がズラリとぶら下がっていたのを、記憶している。

●かき餅をオカキと言う人もいる。
  
   ゴマ、黒豆、エビ、大豆塩豆、しょう油,等、ほかにも色々の風味(フレーバー・Flavor)のものがある。
年末の吉日の晴天の日に近所、向こう三軒両隣が集まり、餅つき大会が毎年行われていた。
晴天の日と限定しているのは、どこの家も屋根のある下で餅をつくほどの広さも高さもないので、公道を利用しての作業となる。

 これがまたなんとも、気が乗れない一因なのだ。

 時には、通りすがりの人たちがじっと佇み、見物されることもある。
人によっては餅のつき方、こね方に意見する人いる。

 この年末の行事、各家の男どもの肝いりで開かれるのだが、女どもにはすこぶる不評である。

 oldboy-elegy君の母など「忙しく、煙草も吸われへんし、男どもは後かた付けも知らん顔」と不満たらたらの体である。

 この時に、鏡餅や丸餅に加えて、かき餅もつく。


 これらが硬くもなく、柔らかすぎずの状態で、押切包丁で丁度切り易いのが正月の10日過ぎ当たりなのだ。
これらの切り餅を家族総出でタコ糸(昔はわら)に10段位ずつ括(くく)り付け、廊下の天井近くに、サンを張りぶら下げていく。

 母もoldboy-elegy君もあれば食べるよ、ぐらいの事で、なくて困るものでもない、と思っている。
欲しいならお店で一袋買えば良い、それの方がズットと経済的で労力も要らない。

 年末の一連の労働と天秤にかけるなら、即廃止にして欲しいものだ。

 ああそうそう、餅つき当日の何日か前に、男どもが「段取り」と称して集まり酒盛りを始めるのも餅つきの一部である。

 言ってみれば「忘年会」の理由付けなのだ。
この点、母もoldboy君も気持ちは同根で「餅つき反対派」である。

 問題の猫、クロと母の出会いは自宅の台所である土間でのことであった。

(土間とは床材などを使用していない地面むき出しの空間であり、主に台所として使用される)

 その日も、母は買い物から帰り、玄関脇の引き戸の向こうの台所の土間に下駄のまま入り、カマチ(部屋への上り口)前の畳に腰を下ろし、やおらキセルの入った袋を取り出す。
服装は勿論いつも通りの着物姿である。

 一服を終えるとすぐに真っ白の割烹着を付けるはずである。
oldboy-elegy君、よくカマドの薪(タキギ)番を母に命じられたものである。

 家の部屋の中で一番暖かいのも台所である土間である。 
何故なら、土と外壁タイル(耐火タイルOR普通のタイルかは知らない)で作られたカマドがあり、一度火を入れたら簡単には火は落とすことはない。

 火の着いた薪は、用事が無くなれば灰をかぶせ、火力を弱め持続力を高める。
なお且つ釜などに水を張りカマドに乗せる、極限までそのエネルギーを利用するのが普通である。

 キセルをくゆらせていた母がそのカマドの脇になにやら動くものを見つけたようである。
下駄を履きなおしツツーと近寄り、壁とカマドの隙を覗き込んだ時、奥からニャオーと猫の鳴き声。
「あら猫が、目だけがやけに光ってるわ」と母。
これが母とクロの最初の出会いであった。

 全身クロ,ただし足には短めの白いソックスを履いている。
前足の白はやや長く、左右がいびつである。
タイトル下の画像はチョット怖い感じもし、幾分太っているようだが、当方のクロの方が俊敏に見える。

 クロはこの時すでに成猫で、したがって年齢も不詳である。

 クロの面倒は母がみてる。
面倒と言っても餌やりと外からお帰りの時の足ふきぐらいの事である。

 夕食時だけはちゃぶ台の脇に陣取る、それも決まって母と妹の間が定席である。
サバの塩焼きや煮つけなど結構な量を自分の皿に入れてもらえる。

 しかし直ぐに家から消えてそのまま2・3日戻らない事もしばしばである。
どこかに本宅があるのか、いやこちらが本宅なのかよく分からない。

 およそこの様な雰囲気の自由ねこである。
oldboy-elegy君、この猫を見ていて「こいつの彼女どんな娘かな?」
「こいつ喧嘩強いんだろうな」「グループの大将なんかな」とついつい自分にはないものを想像して羨ましがっている。


 クロの足取りがおかしい。
歩く前に体が先に出て右に左にユラーリ、ユラーリの酩酊歩行。
そのまま板張りの廊下までヤットコ歩きドターと倒れこむ。

これを見た母、すぐに異変に気が付く。
父がこしらえたタドンか豆炭かのやぐらコタツからお出まししたばかりである。
「あんた、桶に水と手ぬぐい2,3枚すぐ持って来て」と言うなり自分もすぐに立ち上がり、ドドドと下駄も履かずに土間のカマド脇に常備している大うちわを。

 母、とってかえすなり、冷たい板張りに寝かしたまま、大うちわで「パタパタパタ」
今度は両手で「バタバタバタ」とあおぎ始める。

 そこにoldboy-elegy君、母に頼まれた水の張った桶と手ぬぐい数枚を持ってくる。
「あんたあおぐの交代や」と言い、大うちわを俺に渡す。
くろ、いつもの精悍な目ではない。

 手桶の水で手ぬぐいを軽く絞り、鼻を残して顔、首、頭を冷やす。
「完全に中毒やな、クロ」と母。
一酸化炭素中毒やわ、大丈夫かな」とoldboy-elegy君。
「誰もコタツ入っていないし、豆炭に少し灰かぶしたんが悪かったのかな?」と母。
つまり、豆炭に灰をかぶせると燃焼が遅くなり、そのぶん火持ちが良くなるの道理である。
しかし良い事ばかりではない、不完全燃焼のため一酸化炭素ガス発生の危険度も増すのである。
母はこの事を言っているのである。

 濡れ手ぬぐいで足裏も手裏?もシップ。
暫らく続けていると、心なしか呼吸も落ち着いてきたように思う。

「なんかチョット落ち着いてきたみたいやな」とoldboy-elegy君。
「もうちょっと続けて、ここ寒いから、もうちょっと良くなったら座布団に寝かしたろ」と母。
「もう回復基調みたいやな、目の色が違ってきたわ」
「あんたタバコ盆持って来て、もう大丈夫やろ、一服するわ」と母。
「しかしよう自力でこたつから出てきたもんやな、でなかったら私ら見過ごして、今頃・・・」
さらに涙目の母。
いやいや、今で言う「救急救命士」並みの母の活躍にはoldboy-elegy君、大いに感嘆し、そして賞賛もしい、同時に驚かされたのである。

 母子が島根県の松江にいたころ、病院の下働きをしていたことがあったらしいが、この時の経験も幾分役にたったのかもしれない。

 その時廊下の天井からかき餅の欠片(かけら)が廊下に落ち、結構、大きな音がした。
クロがその音に驚き頭を起こしそちらを見る。

                了
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  数年のち、妹が日本犬の雑種の子犬をひろい連れ帰って来た。
その子犬の名を「ホス」と言う。

当時人気だったアメリカの西部劇ホームドラマ「ボナンザ」の「カートライト3兄弟」の一人である「ホス」の名を借用。
ただし当家の「ホス」は何故かメスである。
今日の今日までoldboy-elegy君、犬のなずけ親は妹と、かってに思い込んでいたが、実は母とのこと。
確固とした証言であり、妹は電話の向こうでそう言い切った。
この事実が分かった事だけでもブログにした値打ちがあったと言うものだ。

                                                  了
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