oldboy-elegy のブログ

ずいぶん長きにわたりグータラな人生を送ってきたもんです。これからもきっとこうでしょう、ハイ。

oldboy-elegy (13)  些細な、ささいな事。互いに口にすれば面白くなくなるとの思い、20年ぶりに無事決着の運びとなりました。ホッ!

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  講義が始まるまで少し時間がある。
4階の教室まで上がると、三々五々と学生が集まってきている。
講義名は?今は完全に忘却の彼方のoldboyくんである。
ただ必須科目であったことは確かである。
何故なら、彼がわざわざ受講のためにお出ましされたのがその証拠である。
K館4階のこの教室、3人掛け10脚×5列ぐらいの広さである、受講者は約100人位だと思う。

 
教室内にもすでに学生がちらほら、友人のOくんも間もなく来るはずである。
oldboy-elegyくん、記念のブログ第一話の記事(ラジオとパティペイジとテネシーワルツarchive(1))に登場の九州出身のあのOくんである。
在学中、ストリップ劇場の半券50枚を収集して「我が家のお宝にする」と豪語していたあの御仁である。
その目標は10枚弱で敢えなくとん挫、今は麻雀ギャンブラーの身である。
雀荘「夕日荘」に昼夜お出まし、グレーのジャンパー姿で、両切りの安物タバコをくゆらせている格好はまさしくそのものである。

 やがてその彼が、トレイドマークのモスグリーンのショルダーバックをタスキに懸けて教室に登場である。

 
ここでチョット説明しておきたい事がある。
タバコと言おうか、喫煙に対する、認識がいま現在とは全然違っていた当時(約50年前)の事である。
「なぜ今、唐突にタバコの話を?」

 
実はこの教室の後ろからの出入り口の外の脇に、デッカイ灰皿が設置されていたのである。
鉄製の60~70センチ位の高さの黒色の4本足に、アルミ製の洗面器をもう少し大きくし、なお且つ浅くした格好の灰皿が置かれていたのである。
中には火消の意味で少量の水が入っている。

 
ここは大学である。
それも講義室の後部と言えども出入り口である。
「タバコを吸うのはここだけにしときなさいね」と言う大学からのメッセージなのか、
学生へのサービス精神なのかは知らない。
今では信じられない光景であることは間違いない。

 これが50年ほど昔の当たり前の風景であり、当時の喫煙に関する文化が見て取れる。
今では教室はおろか、キャンパス全体が禁煙域なのは常識であり、さもなくば学生も集まらないし、大学の存在・存続も考えらないのが常識である。
それが現在の人たちが見る喫煙に対する文化なのである、隔世の感がある。

 
そのスタンド灰皿を囲み5~6人の学生が煙をくゆらせている。
何の変哲もない当時の教室前の風景である。

「どう調子は」とOくんに、賭け麻雀の勝ち負けのことを聞いたのである。
「勝ったり負けたり、多少プラスかな」
「講義終わったらどうするの」とOくんが聞いてきた。
今晩の宿の事である。
「今日から、3日連チャンの塾のアルバイトですわ、ありがとう」とoldboy-elegyくん。
塾のない日は時折、彼の下宿に留めていただいているのである。
特に翌日午前中の講義の時は大いに助かるし、前日の夜遊びも時間を気にせず勤しむことができる。

 
「そろそろ講義時間やな、タバコ1本、吸うとこ」今日は(しんせい)である。
「あ~そや、マッチがなかったんや、火貸して」とoldboy-elegyくん。
まだ100円ライターが存在しない時代のことである。
彼Oくん、アルミ製のスタンド灰皿の前から離れて講義室の中へ、手をヒラヒラおいでおいでとooldboyくんを招いてるOくんのこの行動に「??」、今からタバコを吸うのである、灰皿から離れてなんとしょう。
するとOくん、ショルダーバックを自分の体の前面に移動、バッグを開け始めたのである。
Oくん、ダンマリで無表情のままである。
なにか、タバコ1本吸うのに、事がなにか重大な雰囲気なのである。
マッチを俺に渡すだけの事、oldboy君は「なんだこの雰囲気は!!」と心の中で感じている。
彼、「なんでもないよ」との様子のまま取り出したのはデッカイ卓上用のオイルライターである。
陶器でできたナツメ型の白い壺の表面に、なにやら群青色の葉っぱの模様が入っている焼き物で、高級そうである。


その壺の中に大きなライターが収まっているのである。
それらのセットを立ったままカバンからウヤウヤシク、ゆっくり取り出し、3人掛けの木製の机の上に、ソロリとこれまた無表情のまま置く彼。

 
oldboyくん、おもわず笑い、吹き出しそうになったのだが全て急遽撤回、無表情、ダンマリのまま、彼のうながすまま、ガチャリと火を付けていただき、顔をライターに近づけタバコに着火、いつもより胸に深めの一服を吸い込みゆっくりと吐いて、無言のままこの儀式を終えたのである。
すこし頬の筋肉がバカらしさと可笑しさのためピクピクしたかもしれない。
その卓上ライターが彼のバッグに納まっても、マッチを借りたぐらいの意識のままで、とりたてて変化はない。
そしてそれ以降、互いがその事について、何かを、口にすることは一生無かったのである。

 oldboyくん、この日、この講義だけで塾のため大阪に帰って行ったのである。
彼Oくんはこのまま(麻雀屋、夕日荘)に直行のはずである。

 
たったこれだけのことであるが、あの豪華な卓上ライターが、誰の物で、何処にあったのかをoldboyくんは知っていたのである。
その上での行動なのである。
普通なら「ウッヒッヒ、なんじゃこれ、お前こんな重いライターカバンに・・」と彼を指さし、笑い転げるのが普通である。
しかしO君とoldboyくんとのアクッションは、これとは真逆のものである。
考えて見てくれ、いい大人が、無言のまま、自然(?)に、しかも教室での事である、
一瞬でこの反応の仕方が「かれに対する一番の反応」であり、「かれ一流のユーモアへの返礼」と感じたoldboy-elegyでもある。
この奇妙なセレモニーを見ていた学生もいたはずである。
デッカイ、陶器の卓上ライターを見て「なんじゃこいつら?!」と思ったはず。

 
このOくんの下宿先は寺である。

観知坊(仮称)と言う名の真宗系の末寺の小さな御坊である。
本物はこのタイトル画像のお寺をさらに小さくしたような雰囲気である。
多分この画像は一応本堂と思われるが実際の観知坊はこの向かって左脇に庫裏が存在し、住職さん一家の生活の場として使われていたのである。

 
して彼の下宿部屋はどこに。
この寺も京都市内の町中にある。
画像の左端の庫裏からさらに左に幅1m位の道が奥に向かって続いている。
あと、高いブロック塀が民家との密集を隔しているのである。

 そうこの狭い道筋のドン突き右側がOくんの下宿部屋の玄関である。

Oくんの取り出した、豪華な卓上ライターは庫裏にある応接部屋の大きな卓上に鎮座していたあの卓上ライターに間違いありません。

 去年の秋、寺の住職さんが松茸づくしの夕食会にOくんともども招いていただいのがこの部屋なのです。
oldboyくん、この事を母に告げると、なんと1KGの牛肉を手土産に持たしてくれたのである。
普段から、実家での食事は「お金をくれとは言わぬ、ただしおかずに文句を言うな」と言われてきた自分にとってはビックリである。
これも亡き母との良き思いでとして残っている。

 その時、松茸ずくしの料理を食したのがこの部屋であり、そこに鎮座していた卓上ライターがまさしくこれだったのです。
当然、その時oldboy君、このライターを使っているのである。

 
もうあれからほぼ50年の年限が過ぎ去りました。
ただ彼Oくん、我々の仲間内で最初に亡くなった人でした。
お葬式にも、緩い(ゆるい)お誘いがあったのですが、近いうちに線香をあげるためお伺いするとだけ約束をしてお断りしました。
40才を少し出た若さでした。

 それから1年も待たず、oldboy-elegyくん、Oくんの遺影の前で手を合わすことになったのです。
お母さん、とお嫁さんの二人だけの参会者です。
 あの卓上ライターの始末は付かないままの状態です。
今日oldboyくん、ある決心のもとにここに来たのです。

 お寺の庫裏での松茸ずくしの夕食会の事、勿論ストリップ劇場の半券のことなど、
そして最後に卓上ライターの事、教室での様子から雰囲気まで全てお話し、聞いていただいたのです。

 そして今日ここで終止符を打つのが最良の上策と思っている事も併せて。

  その言葉がこれです。

「これ下宿の庫裏の応接部屋の卓上ライターやん」とoldboyくん。
「そうや!!」と覗きこむように、ニタと笑う彼。

 たったこれだけの事です。
すべて彼が仕掛けた彼一流のワナであったはずです。
かれもきっと憶えてたはずです。


 
全て彼一流のユーモアがなせる事なのか、兎も角も20年以上にわたる中途半端な状態が今日、お母さん、お嫁さんの下で無事終止符が打たれたのです。

 
始めの内、少し解せんな顔をなさっていた、目前のお二人も、最後にはニッコリと納得、を超えて涙顔。

 ここで 遺影も何故かシタリ顔に、変化したように思うがどうだろう。
「これで良かったんやな?」

皆さんどう思います。
バカみたい。
暇な奴やな~。
なんとなくわかる。

その後長きにわたり季節のハガキが来ていたのだが、最近ではそれも途絶えた。

                  
     了

              oldboy-elegy

  O君との交友録の第一ページが下記の記事である。
良かったら、目を通していただければ感謝。

 

 



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