oldboy-elegy (51)おれ、oldboyくんが、一生分の「運」を使い果たした日?・それと我らが「ガキンチョ・腕白坊主」と「駄菓子屋」のユル~イ一日
左の図、まことに申し訳ないが
ブタではなく、乳牛のつもりで
ある。5~6回、「モーモー」
唱えれば、やがて乳牛に見えて
くるはず。
お尻が赤いのと、「首から顔、
前足から胴の部分、最後に後ろ
脚を含む、お尻部分」と三分割しそれぞれA・B・C とした。
はじめ言葉のみで説明しょうとしたが、なかなか、状況・意味が伝わらない
と思い、しかたなく、この上手な図画?恥を偲んで書く事にした。
上手、下手はともかく、図の様子はわかるはず。
それでは、図全体を一枚のカードとして見たててほしい。
ではこれより本題に入るとする。
★1
むかし昔その昔、「ミルクキャラメル」なるお菓子が存在した。
「森永」でなく単に「ミルクキャラメル」であることにご注視。
ただし一個一個、油紙と言うのかワックス紙とかで個装してあり、見た目も
清潔感があり、人気のキャラメルである。
メーカーは、知れたこと、あの「森永製菓」であり、創業時からの主力品
でもあるらしい。
しかしここで言う、キャラメルは単に「ミルクキャラメル」で「森永」の
カンムリが抜け落ちていた。
★★2
oldboyくんちの近くに「チュウコヒン」なる「駄菓子屋・
だがしや」があり、我々チビッコのもらう、わずかな小遣いは
殆んどはここで消えていたはず。
oldboy-elegy君の初期のブログにも、この「チュウコヒン」なる言葉が何度か
出てくる。
ただこの「チュウコヒン」とは、この駄菓子屋の、本当の「屋号」でもない、
この店名、我々ガキンチョが、使うもので、たんに、その様に呼ばれ、流布
していたもので、それ以上でも以下でもなく、もっと言えば「言葉の意味」も
存在しない子供の世界での事である。
ポケットにチャリチャリ、小銭の音がすれば「オ~イ、チュウコヒンいこや、
奢(おごる)ったるわー」程度のもの。
きっと語源は、近所の口さがない大人たちが言う「中古品」なる言葉
から漢字の意味が抜け落ち、音(オン)のみが残り、子供達の間に流布
したのかもしれぬ。
「チュウコヒン、チュウコヒン」と。
※ 中古品 (使用し、やや古くなった商品)
※ 口さがない (他人のうわさや批評を無責任・無遠慮にすること)
そう言えば、oldboy君も、老、女店主の前でも、気にせず、本来の意味も
知らず「チュウコヒン・チュウコヒン」と言っていたはず。
★★★3
さてここ、「チューコヒン」でも、「ミルクキャラメル」は売られて
いた。
ただし「森永」の物でなく、単に「ミルクキャラメル」であって、
意匠(化粧箱)も当然違っていた。
それが証拠に、我らがスーパーマーケット(チューコヒン)には本物は
置いていなかった。
きちんとした記憶はないが、恐らく価格も倍ほどは違っていたはず。
それに、この品、「あてものカード」が内封されていて、カードの種類に
より1箱から10箱の「ミルクキャラメル」がもらえる仕組みなっていた。
その一部が最初の図と言う訳である。
個ではなく箱で、こども心にも、なんとも豪気な景品である。
それでは、ここで「当てものカード」の種類を書いておく。
●4 なんとビックリのハズレなし。ただし乳牛さんが図のようにA.B.Cに
分割されそれぞれの、部分が赤色で明示される、3部分揃えば、カード
と 交換に一箱貰える仕組み。
●3 初めから、乳牛さん、全身が赤の場合、即その場で一箱。
●2 そして、銅賞なしで銀賞が五箱
●1 もちろん、一等賞、金賞で10箱、夢のゴールドメタル
以上がこのカードの景品交換の仕組みである
駄菓子は当てもの、おまけ、景品の類が、お好きである。
このへんが、駄菓子屋のダガシヤたるゆえんでもある。
ただしoldboyくん、家の勉強机の中に、尻赤カードばかり、何枚か入っている。
これまで、なにがしかの当たりくじを引いたことはない。
確か、記憶の中のデザインは、濃紺の中に黄色で「ミルクキャラメル」と
色抜きされていたように思うが、これも怪しい。
言えるのは、「森永」を意識した、「偽物」とまで言わぬが「二流品」である
ことは明瞭である。
★★★★4
さて、ここからがoldboy君の「一生分の運?」が付く
始まり「序章」である。
もちろん、得物(えもの)は、あの二流品の
ミルクキャラメルである。
実は、この店(チューコヒン)は彼等の(食品マート)を務めていたばかり
でなく、おもちゃ屋(トイザラス)の役目も担っていた。
ある意味、貧乏人の子せがれ達のショッピング・モール的、存在であった。
oldboy君的に言えば、(食品マート)より(おもちゃ屋)としての存在が主
であったように思う。
特に正月はチビッコとしても、大人に負けず、なにかと物入りの季節なのだ。
今と違い、当時の「お正月」の雰囲気は、子供心にも、こころおどる特別感
がしたものである。
まず、まだ昔ながらの「正月遊び」が健在であった時代である。
女の子は、「赤いおべべ」を着せてもらい、羽根つき(羽子板)、紙風船
つき、ゴム飛び、部屋に集まっては、トランプ(ヒチ並べ)や百人一首
(坊主めくり)など「お正月」でしかしない、遊びに興じた。
一方、ガキンチョ(いたずら小僧)どもには、山ほどの種類の「正月遊び」が
ある。
駒回し、凧揚げ、べッタン(メンコ)、風船とばし、花火とくに投げ弾・煙幕
・ねずみ花火など夏花火とは趣が少し違う。
それに近所の大きな家の座敷に上がりこみ、親公認の夜中までのゲーム大会、
もちろん「中古品・チュウコヒン」で買った駄菓子の数々が持ち込まれ、
場の景品となり、取り合うのだ。
★★★★★5
そんな正月のために、oldboy君、「チュウコヒン」に今、買い出し
にノコノコやって来たのである。
今晩は、道路向こうの大きな家でのカルタ大会にご招待されている。
例年の正月行事でもある。
朝までとは言わぬが、時間制限なしのお遊びである。
親、公認のチョットした、子供専用のバクチ大会でもある。
ふところは、それなりに暖かい。
両親はもとより、数人ではあるが、父の小さな工場の人達からも「のし袋」
をいただいている。
勇んで「チューコヒン」に買い出しに出かけるoldboy君の背に、母の声が
追っかけてくる。
「お金、要る分だけにし~や、全部持って行ったらあかんで~」とおらんで
いなさる。
★★★★★★6
ここからが最終章である。
もうすでに、賢明な読者諸氏は、このあとoldboy-elegyくんに
一体、なにが起ったのか、ある程度推察が可能な域に入っている。
とうぜん、今夜の駄菓子を賭けた、バクチ場に持ちこむ、(種銭・タネセン)
の購入が目的である。
直径2Cmぐらいある色付きの飴玉にザラメ砂糖をくっ付けた「デカボールアメ」
栗色に焼いた「あんこ饅頭」・「せんべい」・「おかき」などなど。
そこにoldboy君、ふと、目がいった菓子があった。
ただの一箱も当たったことのない、あの「ミルクキャラメル」である。
ほんに軽い気持ちで木製の平箱の中のそれを一箱手に取る。
いまは、あの当てものの「乳牛カード」には全く期待をしていない、自
分がいる。
ただ20粒近く入った箱、「今日の博打場」でばらして使えば、なにかにつけ
便利かと思いついただけの事。
すぐに新聞紙で作られた、大きめの三角袋が菓子で一杯になる。
そのまま、支払いを終え、帰ろうとしたが、そこはそれ、フト全く期待もせず
例の「ミルクキャラメル」を引っ張り出す。
「どうせ、乳牛のお尻赤札に決まっている」が「一応、確認しておくoldboy君。
透明のセロハン紙を剥ぎ取り、箱に指を突っ込み、全く期待もせず「当てもの
カード」をつまみだす。
「なんじゃこれは?」これまで見た色とは違う、「銀色のカード」が
oldboy-elegyくんの指先で輝いている。
彼まだ「??!・・・」の状態で「一体何が・・」の「ホケ状態である」
それで目の前の「チューコヒン」の老女店主に「おばはん、こんなカード
が・・」と、自分の身の上に起こった事実を理解し始めた彼がいた。
女店主、「うっそーこれ5箱の交換カードやん・・」と、スットンキョウな
キリキリ声をあげる始末である。
なにかおばはんも、初めての体験に遭遇したかの振る舞い様である。
このあと、何故かおばはん、よそよそしくなり、おまけに機嫌も悪くなった
ように感じたが、何故だろう。
最終的に、乳牛全身赤札が一枚、A・B・C赤部分組み合わせが1組の、総計
7箱ゲットで、最初に購入した1箱を加えるとなんと8箱の「ミルクキャラメル」
が手元に入ったことになる。
そう、言わば言うところの「盆と正月、一緒に来たよな」忙しさではなく、
嬉しさである。
これが今日の話のハイライトで「一生分の「運」を使い果たした日?」と
言う訳である。
左傾の画像「安田の華ちゃん」
である。
当時中学1年生ぐらいで、家族
6人の朝、夕の賄いを一人でこ
なしていた。
後に、第何次かの「北朝鮮・
帰還船で、次男を除く家族
全員で帰還した。
oldboy君、大学生のころ
母から、彼女の訃報を聞く。
自殺だったらしい。
oldboyくん、まだ上気の中、「安田の華ちゃん」の家まで急ぎ、ことの
次第を説明、近所の吉雄始め、連れ3~4人の分など、五箱を残して、
家に帰った。
※ 上気の中(のぼせたまま)
oldboy君の「運気」も、ここで尽きるのではと、ちと思ったことも正直な
ところ。
それゆえ、少々「大仰」に、一生分の「運」と書かしていただいた。
★★★★★★★7
それから
思うに、oldboy君がこの世に生を受け、初めての「吉兆」がこれかも
知れぬ。
※ 吉兆 なにか良い事が起こる前ぶれ
この後、種々の「運気」に遭遇したはずだが、何故か、このガキンチョ
時代の、ささやかな「運気」は、思い出の上位にある。
ミレニアム紀、前後の頃(西暦2000~2001)、他県に嫁いだ妹と久しぶりに
この懐かしの地で、待ち合わせたことがあった。
そう、今から20年以上も前のことである。
兄妹ともども、この街を離れて随分となる。
駅の2階のパーラーで軽く食事をすませ、妹を誘い、駅の南側の商店街を
そぞろ歩いてみた。
アーケードの突き当りが、神社で、並んで大きな、真宗系の寺がある。
このあたりが、oldboy君達が割拠した遊び場であった。
寺の大きな石段は、べッタン(メンコ)の対外戦の主戦場でもある。
もちろん、「チューコヒン」もこの先にあった。
妹が何気に言った、「なんか寂れた感が漂ってるなー、子供ら、ここまで
殆んど目え~へんで」と、のたまう。
やがて神社の大鳥居が、やや曲がった通りの先に忽然と姿を現す。
「もう、ここまででええわ、なんか余計に侘びしくなるわ」
と妹に駅にUターンすることを促す。
この時、何気に神社の大鳥居の下を見ると、そこに白いケム(煙)の中に
「人型の幻影」が浮かび上がったように見えた。
やがて焦点を結んだ幻影は、人の姿になった。
そこには的屋(てきや)の親分の孫、勇吉を始め吉雄、孝雄兄弟、
「洟垂れ」の勝男、みんないる。
とうぜん、真ん中にoldboyくんも。
彼のうしろには、おさげ髪の「安田の華ちゃん」もいる。
彼女の左手は彼、oldboy君の肩に。
みんなニコニコ顔でこちらを見ている。
「華ちゃん」の右手は彼女の胸の前で、小さく揺れて、サヨナラをしていた。
そして次の瞬間、精霊の白いケム(煙)が、はじけて、消えた。
そして、あとに、「ワー」と走りゆく歓声が聞こえたようにoldboy君には
思えた。
了
oldboy-elegy
今日の記事、同様、「駄菓子屋」とこれを取り巻く「子供達の群像」を主題に
した、過去記事である。